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第33話 あの約束は終わったんだから、このまま消えよう





「バカっ、何やってんのっ?!」

「……私、消えた方がいいの」

「なんでっ!」


「……生きてたらダメなの……」


「ダメなワケないっ! そんなのお兄ちゃんはやだよ。スミレのこと大事だよ」


「でも……苦しいの……」



 何に苦しんでいるのか。どう苦痛なのか。3年生の澄美怜すみれには上手く説明出来なかった。

 兄の癒しの力に頼るのを止め、薬に切替てから状態が悪化した事から、薬の副作用を疑って兄は言った。



「……だったらもう薬なんかやめよう! 前みたいにボクがずっとずーっと守ってあげるから」


「守……る……?」


「そう、ボクが近くでスミレが良くなる様に祈るから! そうすれば直ぐに治ってたでしょ!」


 考え込む澄美怜すみれの瞳に僅かに灯る光。


「……ホントは……」

「本当は?」


「……ホントはお薬じゃなくてお兄ちゃんに治してもらうのが良かったの。でもママが……お兄ちゃんが大変だからって……」


「なら言っておくからもう大丈夫。ボクなら平気だよ。だからこれからはずっとだよ」


「ずっと?……私、ここに居ていいの?」

「そーだよ!」


 再び考え込んだ澄美怜すみれ。少しずつ肩の力が抜けていった。俯いていた顔が少しずつ上へと持ち上がる。

 それを見た兄は一瞬目を閉じ、額の汗を拭いながらふう一っ、と安堵の息を漏らした。



「ヤッパリごめんね」


 だが突如不意をついて振り向いて窓へ飛ぶ澄美怜すみれ


 「ハッ……!!!」


 もう間に合わない、と、それに全力で反応した深優人みゆとはガシッと手首を掴み、澄美怜すみれを後ろへ突飛ばし、その反動で自分は頭から窓のフレームへ激突。


 ボタボタボタ……と血が床へ落ちる。それでも気丈に振る舞う兄。目を皿にする澄美怜すみれ


「大事な妹が死ぬくらいならボクも死ぬっ!」

「?!……」


 射抜くような真っ直ぐな瞳。澄美怜すみれの本能がその真摯さの向こう側に深優人みゆとの中に思い遣りだけでなく、何かの闇のような物も感じ、畏怖し、寸時たじろいだ。兄が叫ぶ。


「スミレはそれでもいいのっ?!」


 呆気に取られ硬直する澄美怜すみれ。どんな時も優しくして助けてくれてた兄が道連れになると言う。激しく心を揺さぶられた。


 そしてそれだけは嫌だ―――と思った。


「いやだ……」


 この人だけは誰にも代え難い大切な存在だと思った。そこへ兄が追い討ちの一言。


「ボクだってスミレがいなきゃ、絶対いやだ!」


「……やなの?……」


「うん、絶対にやだ!」


 命懸けの本気の瞳に吸い寄せられる澄美怜すみれ。同時にその瞳に湧き出で来た感情が視界を滲ませた。

 初めて本当の自分に気付いた気がした。


 今まで霧がかった世界に囚われ、ただ漂う様に生きていた少女。その瞳に初めて灯される命の灯火ともしび。そして思った。


―――自分が生きていなければ奪い兼ねない命があると。



 ……そんなにも……私が大切なの?……



 理由など分からない。ただ、それが本気であり、偽りなど欠片カケラも感じられなかった。それだけは確かに澄美怜すみれにも分かった。



 でも、だったら……

 そこまでお兄ちゃんのためになるなら……


 私……生きよう……



 沈黙の後にポツリ。



「…………………わかった」



 そう小さく呟いた妹の瞳にはハッキリと光が。兄はホッとしながら、


「よかった……ありがと」


 そう言って抱き締め頬を寄せ、大事そうに、そして願う様に頭を撫で続けた。


 二度と忘れる事のないその時の腕の温もり。それだけがその少女が頼れる道しるべ。それ以上でもそれ以下でも無い澄美怜すみれにとっての全て。


「うん……」


 妹の手も兄の背中を捉えて、心から愛おしく、誓うように、そしてすがるようにぎゅうと包んで離さなかった。



―――お兄ちゃん、私、生きるから……

 ……生きるから……

 絶対に離さないでね……


 絶対に……絶対に……離さないでね……





 この日に契られた魂の約束。


 ただ、この約束は後の二人にとって余りにも手に余る物だったという事に、この時は全く気づいていなかった。




  : + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜




 混濁する意識の中でそんな過去を回想しながら深優人みゆとのベッドでのた打つ澄美怜すみれ

 もう息が続かない。絶望に喘ぐ。


 約束したのに……こんなになっても兄さんはもう来てくれない。完全に捨てられたんだね。もう藻掻くの、しんどいや。あの約束は終わったんだから、このまま消えよう……みんな、ごめん……ね……


 澄美怜すみれはそのうち激しい痙攣と共に泡を吹いて失神し、「嫌ぁ―ッ」蘭も半狂乱になる。


 その矢先、兄から手配された急救車が到着し応急処置と共に別の病院ヘ運ばれ入院した。



まだ小6の蘭は放心状態のまま留守を預かり、不安な一夜を過ごした。



  **



 母は低栄養の貧血と過労が重なったのが原因で大事には至らなかった。元々かなり体の弱い母をいつも父がうまくサポートしていたため今まで何も問題は起こらなかったのだ。


 意識を戻した母からも『そう言う事だから自分は大丈夫』として澄美怜すみれの方へ行くよう深優人みゆとへ促した。深優人は急いで妹の運ばれた病院へと駆けつける。


 翌朝、目覚めた澄美怜すみれの横には深優人みゆとが介添えしていた。忙しいのに迷惑をかけてしまったと兄に詫びた。

 兄は母の状況と経緯を全て話した。


 ……それで昨日はトイレから戻れなかったのか。




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