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第32話 小学3年生 『あの日の約束』





「ごめんなさい、今日は特にひどくて……」

「いいよ、落ち着いて」


 癒しの力を受け渡すため、祈るように意識を集中する深優人みゆと。即座に傍らに立ち、床に膝立ちで手をとり頭にも手を載せ優しく撫でる。

 少しして落ち着く様子が見えた。呼吸の乱れもかなり消えてきた。


「落ち着いた?……」


 詰まっていた息を、はぁ―――……、というひと吐きで解放した澄美怜すみれ。少し落ち着きを取り戻せたかに見えた。


「ちょっとトイレに行きたいから……待ってて」


 深優人みゆとは成るべく早く戻ろうと、急いで用を足して部屋へ戻る途中、階下で何か倒れる様な音がしたのに気付いた。

 いぶかしんで一階へ降りる。と、居間で母が倒れていた。


「か、母さん?!」


 驚いて駆け寄ったがグッタリと反応がニブい。


 昨日から父は出張で3日間家を空ける事になっていた。急いでスマホから救急車を呼ぶ深優人みゆと

 と同時に末っ子の蘭を起こし、自分の部屋で体調を悪くしている姉の様子を見ていてくれと頼み、すぐ戻って母を取りなしつつ、程なくして到着した救急車に一緒に乗り込んだ深優人みゆと


 だが夜遅かった事もあり、母の病状をよく調べる為、そのまま入院という流れに。



 その間、澄美怜すみれはトイレから戻らぬ兄に対し良からぬ勘繰りをしてパニックが始まっていた。


 只でさえ日中ずっと兄から避けられている様な被害妄想で自分の存在を否定し続けていた所へ、この悪夢に一度も手厚いサポ―トを怠った事の無かった兄が初めて自分を放ったまま戻ってこない。


 ……卜イレと言うのはきっとこの部屋から抜け出す言い訳だったんだ。もう付き合いきれなくなったんだ……


 勝手に思い込んでネガティブ思考が極まり遂に発作まで始まってしまう。経過を見ていた蘭が心配そうに声を掛ける。


「お姉ちゃん大丈夫?」


 頭の中がぐるぐる回り、苦しそうに必死に耐える澄美怜すみれ。蘭の存在すら認識できず、暫くその閉塞状態が続いた。息がマトモに出来ない。


 今まで自分がおかしくなる度に、何故かそれを静められる兄が側にいてくれた。こんな面倒な子の為にどんな時も王子様の様に現れて、たちどころに安心させてくれた。


 兄さん、今回は……これは本当にマズイよ!! 今すぐ! お願い! ……早くっ!


 声にならない。呼吸困難にのたうち、激しい引きつけを起こし始めた。その姉を見て真っ青になった蘭は両手で自分の口を塞ぎ、目は見開き、頭が真っ白になってしまった。


「おに……たす……て……」


 姉の懇願にはっとした蘭は震える手でスマホを握り兄へとコールする。


「お姉ちゃんがっ! お姉ちゃんがぁ!! 」


 兄に泣き叫ぶ。澄美怜は意識がずっと混濁している中で、母のために来た救急車の音も、蘭の寄り添いも全く認識出来ていない程だった。

 混濁する意識の中、現状を認識するよりむしろ昔のあの日の事が脳裏をよぎっていた。




 澄美怜すみれ 小学3年生 『あの日の約束』




   : + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜



 小さい頃からよくパニックに陥って取り乱して騒ぎになったが、それだけでなく物心ついた時から何故か自らの存在を消したがった澄美怜。


 ある時は体に火をつけようとし、ある時は浴槽の中で湯に潜り息を止め、またある時は行き交う車へと母の手を振り切り飛び込もうとした。


 そうした自害衝動を誘発してしまうパニックや不安をたちどころに落ち着かせる事が出来た深優人みゆと澄美怜すみれがおかしく成りかけた時には直ぐに近くで手を繋がせ、どうにか元に戻していた。


 しかし今後の社会生活までを考えるとずっと息子に負担させ続ける訳にはいかない、そう考えた母は病院を渡り歩き様々な薬を試させた。

 しかし強烈なパニックを起こさない代わりにむしろ妙な不安定さは助長され、次第に澄美怜すみれの目から光が失われていった。


 そして澄美怜すみれが小3の時、誰の目も無いのを見計らってついに虚ろな目をして窓から飛び降りようとしたのを寸前で見つけた深優人みゆと


 ギリギリの所で飛び付いて何とか取り押さえた。


「バカっ、何やってんのっ?!」












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