目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報
第31話 兄妹関係としてもほぼ片想い





『だからもう、俺に恋心をもたないで欲しい。

 その分だけ俺も辛くなるから』


 あの言葉が頭の中でずっと繰り返して消えなかった澄美怜すみれ。―――



 その後。



 このところ深優人みゆとは試験や催事、学園祭の準備の手伝い等で多忙を極め、登下校の時間が澄美怜すみれと合わず、別行動。

 その上、普段から人付き合いをソツなくこなし人望も厚い深優人みゆとは、友人のコンクールの裏方の人手が足りずに駆り出され、かなりバタバタしている。


 朝食も夕食も時間が合わず、顔を見たのは夜に一瞬すれ違った位だった。


 『でもおやすみの一つくらいでは淋しい』、そう思って廊下で声かけようとした澄美怜すみれだが、タイミング悪く兄のスマホに着信音が。

 何やら手伝い先で想定外の事態が発生し対応に追われ出した。話しをするタイミングを失い、仕方がなく今日は諦めようと部屋へ戻る。


 そこで翌日、朝早く出る時間に合わせて朝食の用意を先回りした澄美怜すみれ


「ホントにゴメン、さっき出来る限り早く来てくれって言われて急がなきゃいけなくなって、せっかく用意してくれたのに……あ、これだけもらう」


 好物のミルクティーを一気に飲のみ干して慌ただしく出て行く。折角朝から会えたのに逆に淋しさが増してしまった。帰って来たら絶対にお話する……と、むしろ囚われるばかりだった。



  **



「ただいま」


 思った通り遅い時間の帰宅。部屋に戻らずリビングで待ち伏せしていた澄美怜すみれ


「お兄ちゃんホン卜忙がしそうだね。何か手伝うことがあれば私、手伝うから言ってね」


澄美怜すみれは本当に優しいね。ありがとう。その時は頼むよ」


 そう言って頭をポンとする。このお座なりなやり取りが精一杯だ。何時もならこの頭ポンも心が温まる感覚が沸き上がるのに、今は無性に切なくて仕方がない。


「うん……」


 と力無く返し立ちすくむ。深優人みゆとは皿のラップをやにわに取り外し、スマホ片手に何やら目下のやり取りに翻弄されつつ少々イライラしながら夕飯をかっ込んでいる。


 頭の中では『行儀悪いよ』とか『体に良くないよ、お兄ちゃん』と言ってるが、絶対に邪魔になると分かっているから言葉に詰まってしまう。


 何も出来ない……ほんと惨めだ。


 生まれて初めて兄さんと一緒の空間にいるのが苦しいなんて……自分はこんなに必要としていて、そして何かしてあげたくて……でも兄にとっては自分など必ずしも居なくても成り立つし、少くとも今少しも淋しがってる様子はない……


 澄美怜すみれは今まで恋人としては認められずとも、『超仲の良い兄妹』 として自他共に認める存在だと思っていた。

 ある意味に於いては両想いだと思っていた。だがこうして兄が構ってくれない状況になってハッキリと感じてしまった。


 兄妹関係としてもほぼ片想いだったんじゃないかと。


 そして先日の無茶な告白による傷心で不安定な日が続き、こうして立て続けにすれ違いが起きると勝手に全てを悪い方へ関連づけて考えてしまう。


『やっぱり私は邪魔なのかな』 『このままむしろ消えた方がいいのかな』 『でもずっと迷惑掛けっぱなしだったから、せめて何か役に立ってからがいいな』




『―――だからもう、俺に恋心をもたないで欲しい。その分だけ俺も辛くなるから』




 この言葉はやはり澄美怜をザックリとえぐるものだった。かなりの調子の悪さを感じていた澄美怜は少しでも取り戻そうと早く寝た。


 しかし、案の定恐れていた黒い氷の悪夢ナイトメアが始まってしまう。


 その夢を見る度、澄美怜すみれの何かを蝕み続けていく。夢の中で全身を凍らせていくその冷気。ウォーターサファイアのごとき青黒味の輝きを怪しく放つ氷の粒が体幹部から全身へと蔓延はびこっていく。

 まるで魂をすべて凍らされてしまうかの様な恐怖に夢の中で身じろぎ、懸命に藻掻く。必死の思いでなんとか飛び起きた。


 いつかその氷に永遠に閉ざされてしまう―――そんな恐怖に子供の頃からさいなまれ続け、それが今日だったらと思うと全力を使ってでも、と踏ん張って、かろうじて難を逃れた。



 ……ああ、こんなになったら多分パニックが来てしまう……あれだけは避けないと……ひどくなる前に本当に度々申し分けないけど頼らないとマズイ……


 兄の部屋へ逃げ込む。もはやさえも省いて初めて直行した。


 兄は部屋の明かりは消していたものの、デスクの照明だけつけてまだ勉強をしていた。青ざめきった澄美怜すみれの様子を見てすぐ事の大きさに気付き手を止めた。


 兄のベッドに倒れ込む妹に寄り添う。


「ごめんなさい、今日は特にひどくて……」

「いいよ、落ち着いて」


 癒しの力を受け渡すため、祈るように意識を集中する深優人みゆと。即座に傍らに立ち、床に膝立ちで手をとり頭にも手を載せ優しく撫でる。

 少しして落ち着く様子が見えた。呼吸の乱れもかなり消えてきた。


「落ち着いた?……」



 うなづきも否定もせず溜め息を洩らした澄美怜すみれだった。





コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?