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第29話 私は……兄さんの恋人になりたい……です






 澄美怜すみれには猶予が無かった。


 その後もあの日の移り香が度々脳裏をよぎり、焦りをフル加速させていた。


 辛うじて昨夜は危うい所を兄にいなして貰えたが、それを思い出して落ち着かせている内に、寧ろ絶対に失いたくないものとして強い執着が生まれてしまう。


 ……嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ! あの温もりを失くす事だけは!


 そして思い出したいつかのタロット占いの一節。


『もし彼が傷心ならそれは重い関係が原因です。そうした恋愛はその後の気がねないやり取りが出来る人にこそ心底癒され、心を開き、やがて魅了される事になるでしょう……』


 気兼ねないやり取りどころか逆の事をしている自分。対して確実にタロット通りに進めているあざみ。劣等感に押し潰されそうになって息が詰まり手を握り締める。


―――私は……やっぱりイヤだ!……関係が壊れたらなんていくら考えても答えなんか出なかった。妹には越えてはいけない事ぐらい分かってるけど……


 だって私にとってが……


 このまま見てるだけなんて……とにかくこの気持ちだけはハッキリ伝えるんだ!



  *



 そんなある日の夕食後。寛いだ頃合いを見計らって、


「ねえお兄ちゃん、相談があるの。後で部屋に来てくれる?」


「え、ああ、良いけど。 どんな相談?」

「うん、チョットね……」


―――そう、澄美怜すみれは臨界点を越えてしまっていた。




  *



 部屋に通された物々しい雰囲気が、いつもと違う事が起こるのを明らかに予感させた。深優人みゆとはベッドへ腰掛けるよう促され、澄美怜すみれは床のセンターラグの上に正座した。


 仰々しく対面させられ、目を見て訴え掛けるように切りだして来た。



「これから話す事は物凄く勇気のいる事だから、どうしても真面目に聞いて欲しい」


「え?……ん……わかった」


 澄美怜すみれ躊躇ためらう余力さえ無く、溢れた想いが堰をきってしまう。


「……私……私は……兄さんの恋人になりたい……です」


「……」


「……このままあざみさんと親しくなって自然と恋人になるのは多分時間の問題。いや、自然とじゃない。この前私の言葉を遮った。兄さんは薊さんを選ぼうとしてる。それが分かってて何もせずに後悔だけするのは今までの自分に申し訳ない」


「……だけど……キミは妹だよ」


「だからって……私は物心ついたから兄さんだけを見て来た。誰よりも想いの強さなら負けないって自信ある! 妹に生まれたってだけで女の子として見てもらえない、こんなの不公平すぎるし辛すぎる。ねえ、それとも私の想いなんてどうでもいい? 妹からの恋愛的な好意なんて、気持ち悪い?」


「………………それは……そんな事ない」


「じゃあ、兄さんはどう思っているの? 私の事……好き?」


「……それは難しい」

「ごまかさないでっ!」


「ごまかしてなんかない。……じゃあ受け入れたらどうなるの? 周囲に公表できるの?」


「誰にも言えなくてもいい。兄さんさえ認めてくれるなら」


「俺は澄美怜すみれのこと、凄く大事に想ってる。それじゃだめ?」


「それは妹としてでしょ」



「……そんな単純なものではないよ」


「じゃ、じゃあ、キ、キスとか出来る? 恋人なら……私はそういう関係になりたい」


―――続く沈黙。



 こんな時の深優人みゆとの胸の内は何時も一つの想いが巡っていた。そう、この兄には生来のトラウマが有った。


 それは微かな前世の記憶。




 最愛の人により命を救われたものの、その所為せいでその人を失ったという辛い前世の記憶。




 これは誰にも話した事はない。だがこの事は余りにも彼にとって大きなアイデンティティとなっていた。

 故に今世では『何が何でも大切なものを守れる人』になりたいと思っていた。


 百合愛ゆりあ、そして澄美怜は二人とも心に何かしらの闇を抱えている。幼い頃からそう見抜いていた彼は、『この二人を絶対に守る』と、そう決めていた。


 なのに百合愛ゆりあを守れなかった。


 だからせめてこの妹だけは絶対に―――その想いは余りに堅固だった。




 考え抜いた上で深優人みゆとようやく語り出した。







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