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第16話 兄妹は結婚……出来ない……





 そんなまだ小さな頃、お兄ちゃんを取られない様にと、一度だけ牽制した事がある。


「私ね、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになる」

「え……でも実の兄妹って結婚は出来ないんだよ」


 多分、いつもの気遺いと優しさを見せる余裕は、その時だけはなかったのかも。


 常に優しいお姉ちゃんからこの様な私にとって大ショックとなる言葉を受けたのは、後にも先にもこの1回きりだった。


 スーパーブーメランのクリティカルヒットを返されて、無知だった自分とその事実に言葉を失った。



「あ、でも皆で仲良くすればいいんだよ。ずっと」



 お姉ちゃんは即行でフォローしてくれたっけ……。帰宅後、誰にも聞けなくて困った末、どうしても知りたくて自分でネットで調べて本当だと知った。


 ……そっか、私のネットリテラシーとデジタルスキルが高くなったのはこれがきっかけだったんだな……。


 その様な話題に触れる機会がなく、それを知ったのは私が4年生になった時の事だった。


『本当だ……兄妹は結婚……出来ない……』


 その事が、妹が活躍するマンガやアニメを自らの拠り所としてハマって行った原因にもなってる。ただ、ハマった結果、妹という大きなアドバンテージと共に致命的なハンデキャップを抱えていることを結局身に染みて知る事となってしまった。




「妹は結婚だけじゃなくて恋愛感情で好きと言うのも許されてないんだ……」




  : + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜




 そんな回想の末、悶々と眠りに就いた結果、結局その晩に見てしまった。


 そう―――『氷の悪夢』を。

 それは澄美怜の闇の一つ。よく見る連続夢だ。



「はあ、はあ、やめて」


「なんで! なんで!」


「キャーッ」



 この様な、何かが叫んでいる様な音が夢で鳴り響く。だがボヤけた音で判然としない。ただその様なニュアンスを感じる。


 やるせない気持ちと恐怖、そして何かを恨む黒い感情が充満している世界。その激しい恨みは世の全てに向けられていて誰も恨みたくないのに勝手にそうさせられる。夢から覚めても消えない事さえある。



 それが何よりも嫌だった。何故ならそれは『見境がない破壊と殺意に満ちた』もので、最愛の兄にさえも向けられてしまう程だからだ。



――その夢の中、やがて自分に何か大変なことが起きたと感じる。



『冷めたい…… 冷たいよ…… また……黒い氷が……嫌だ、憎い、悔しい、……何が?……分からない、でも何もかも恨めしい。すべてを壊したい……』



 必死に手をのばす。這ってでも逃げようとする。


『助けて! 冷えてきたよ。体が凍っちゃう。怖いよ、やだよ……』


 腹部から序々にウォーターサファイアの様な妖しく青黒く輝く氷の粒がまとわりつき、そして鱗の様に広がってゆく。


『誰かっ!! 誰か…… たす……け……て』


 逃れようと必死にイザリ進む。いつの日かこれらから逃れられなくなると直感している。


 それは魂を永遠の氷漬けにされてしまう予感と共に、なった者しか解らぬ慄然とした嫌悪感と絶望感を伴って徐々に蝕んで来る。


『ああ、誰か来て…… 』


―――と、そこへどこからともなく幼い少年の声。


「大丈夫だよ、ぼくが手を繋いでいてあげる」


 お兄ちゃん? と聞き返すと、自分も幼女の声になっている。


「そうだよ。だから大丈夫だよ」


「お兄ちゃん、来てくれたの? んっ!手、あったか―い。 ありがと―。あれ? ねえ何か…… もう平気になってきた。お兄ちゃんってすごーい、魔法使いみたいだね―――ハッ!……」



『夢か……』



 体中じっとりと冷や汗をかいている。


 怖い夢なんて……子供じゃあるまいし、私は何でこんなのを見続けるんだろう……。


 澄美怜すみれはこれを見ると極めて不安定になる。それから来るパニックで大変になった事もある。そうならぬ様、しばしば兄の傍で得られる不思議な力で持ち直す様にして貰っていた。


 だができる限り迷惑はかけたくない。今回も兄に頼るか迷ったが、この前も頼ったばかりだ。


 はぁ……と溜め息をついた。



 ……楽しい事が足りて無いのかな。それとも部活とかで日々の目標を追ったりしてればもっと別の夢とかになるのかな。でもまたあれを見るのはもう……。


 一瞬、絶望感に苛まれ、思わず寝返りを打つと、鼻腔を擽くすぐる兄の香り。


 そう、その日入れ替えていた枕カバーから感じた香気。それを深く吸い込むと急に気分が回復し出した。



 ……いや、今日は大丈夫……かな。あとは出来るだけ楽しいこと考えて寝てみよう……


 そう、お兄ちゃんと一緒に……妹の……活躍……する……アニ…………メ……。




 この日はその枕カバーのお陰でどうにか自力で眠りに就いた。







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