※原告:告訴したのは夫 被告:告訴されたのは妻
「裁判長。3分間わたしに時間をください」
「いいでしょう」
検察官はポットを持ち上げると、用意していたカップ麺にお湯を注いだ。湯気が立ちのぼる。法廷内に一瞬カップ麺のかすかな香りが漂った。フタを戻されたカップ麺は、いま法廷の中央に鎮座していた。
検察官が陳述を始める。
「よろしいですか。被告人の妻は、このお湯を注ぐ行為を料理だと言い放っております。ただ単に、こうしてお湯を注いだだけの行為に対してですよ」
「意義あり!」弁護人が声を張りあげた。
「どうぞ」裁判官は頷いた。
「被告はただお湯を注いだだけではありません。原告の言い分は“お湯を沸かす”という大切な行為をないがしろにするものであります」
「認めましょう」裁判官が促す。
検察官は陳述を続けた。
「沸かしたお湯を、カップに注ぐ・・・・・・この行為こそが料理だと被告は言っているのです。果たしてこの行為が、本当に料理と呼べるものでしょうか」
検察官がなにやら分厚い本を取り出して読み始めた。
「ここに一冊の辞書があります。“料理とは、材料を切り整えて味付けをし、煮たり焼いたりして食べ物をこしらえること”とあります。被告人はこのカップ麺に対して、材料に手を加えたわけでもなく、煮る焼くなどの調理をくわえたわけでもないのです。これは料理とは言えません」
「意義あり!」
弁護士が挙手をした。「原告は“いま述べたことの後に“また、その食べ物のことを指す”という一文を故意に削除して発言したものであります。このカップ麺は、あらかじめメーカーの食品工場において、材料を加工し、下ごしらえをした食品であり、立派な食べ物として成立していることは事実以外のなにものでもありません」
3分が経過した。検察官はおもむろにカップ麺のフタを剥がした。法廷内にカップ麺の匂いが漂い始める。ざわめきが起こり、だれもが生唾を飲み込んだ。
「静粛に!」裁判長の“ガベル”という木槌の甲高い音が、法廷内に響き渡った。
裁判長は言った。
「判決を言い渡します。本調停は、昼ごはんと称して夫に対しカップ麺を提供した妻の不義理を夫が告訴したものである。そうですね」
裁判長が検察官を見た。
「はい。その通りです」
「それでは被告人。カップ麺のお湯をどのように注ぎましたか」
被告人の妻が言った。
「ケトルでカップの内側の線まで入れましたが」
「よろしい」裁判長が頷いた。「料という漢字には“測る”、理という漢字には“納める”という意味があるため、料理は“測り納める”ということを指します。つまり、もともと料理は計測する行為を表しているのです」
裁判長は傍聴席を見渡した。
「ですから被告人がカップの線まで計測してお湯を入れたとなれば、これは立派な料理と言って差し支えないと認められます。よって、被告人である妻は無罪」
どよめきが起こった。
「ただし、問題はいまこの目の前にあるカップ麺を、どうするかという点にあります」
全員の目がカップ麺に集中する。
「どうでしょう、本官がいただくわけにはいきませんか。なにしろ朝からなにも食べていないので」
検察官が立った。「裁判長。朝食はどうされました?」
「ゆうべ家内と些細なことで言い争いをしましてね」
「なるほど・・・・・・どうぞ、お召し上がりください」
「本裁判はこれにて閉廷とします。ああ腹減った!」