「あなたぁ!」
「なんだい」
「またトイレットペーパーが切れてるわよ」と、妻が騒いでいる。
「ああそうかい」
ぼくはウェブ会議中だったのでデスクでパソコンの前に座っている。もちろんこちらのマイク音声は切ったままだ。
「切れる前にいつも入れといてって言ってるじゃない」
「ああそうだった。ごめん忘れてた」
しまった。最後のひと巻きを残しておくのを忘れていた。
「まったくもう!あなたはいつもそうじゃない」
「悪かったよ」
「だいたいあなたはね、いま聞いたことを3分経ったら忘れちゃうんだから」
「ひとをカップラーメンみたいに言うなよ。だから分かったって言ってるだろう」
「そんなことだからあなたは。分かったわ。こうなったら・・・・・・」
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ぼくは広告宣伝用のコピー(文案)を考える仕事をしている。
「
クライアントから依頼の電話が入った。
「また前回みたいな一度聞いたら耳から離れないようなキャッチーなコピーお願いしますよ」
「分かった。じゃあその商品を持ってきてもらえるか」
コピーを考えるには、まず売り込む物を自分自身で使ってみないことには話しにならない。
「了解です。これから試作品をお届けします」
今回の商品は男性用の精神安定剤だった。ぼくは渾身のコピーをいくつか考えた。
“
“安らぎはここにある”
“眠れない、泊まらない”
「どうです」
そう言いつつも、薬が効いてきたせいで眠くなってきた。
「社に持ち帰って検討します。あ、ちょっとトイレお借りしてよろしいですか」
「ああ・・・・・・あとは適当にやってくれ・・・・・・ぼくはちょっと休むから」
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数日後、電話が入った。
「重沼さん。あのコピー最高です。『男たる者、切れる前になぜ気づかない』、クライアントも大喜びですよ。切れる前に精神安定剤を飲めってことですよね」
「ねえあなた。あたしの書いたメモしらない?」と、背後から妻がぼくに言った。
「なんのこと?」
「ほらトイレに貼っておいたメモよ。見当たらないの」