「あの男だけは絶対に許せません!」
女はひどく
「5歳の娘のお腹をおもいきり拳こぶしで殴ったんですよ」
「ええ。確か失神なさったとか」
わたしは女の興奮をなだめるように、極力ゆっくりした口調で答えた。
「ええそうです。あの軍曹には厳重な処罰をお願いしたいですわね」
「奥さん。“パイナップル現象”という言葉をご存知ですか」
「パイナップル現象?いいえ存じませんけど」
「それでは奥さん。酢豚はお好きですか」
「ええ、もちろんです・・・・・・将軍。それと今回の傷害事件とどういう関わりがありますの」
「この世には、酢豚にパイナップルが入っているという一点だけを取り上げて、酢豚はまずいと公言してはばからない人物がいるのです。しいては、その店自体がまずいと悪評をたてるやからもね」
「なぜパイナップルが入っているのかはわたしも
「パイナップルには豚肉を柔らかくしてくれる酵素が含まれているのです。それにその甘味が酢豚の味に深みを与える役目も果たしてくれています」
「将軍、話をはぐらかさないでください」
婦人がまた詰問口調になってきた。
「物事の全体像を見ずに批判、批評を加えること。これがパイナップル現象です。ジョゼフ軍曹があのとき少女を気絶させなければ、250人の市民と50人の軍人の命は無かったでしょう」
「・・・・・・」
「つまりドイツ軍はすでに市街地にまで進軍して来ていました。暗いビルの一郭いっかくに身を潜めて敵をやり過ごさなければ、その場で全員殲滅せんめつされていたに違いなかったのです。軍曹にとって、恐怖に泣き叫ぶあなたの娘さんを瞬時に沈黙させる方法はあれしかなかったのですよ」
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「ご婦人は納得して帰ったかね」
将軍は部下のルイ少佐に問いかけた。
「はい将軍。マルタン婦人は泣きながらも納得していただけたようであります」
「そうか」
「お礼でしょうか。さきほどマルタン婦人からジョセフ軍曹宛にパイナップルの小箱が届けられたそうです」
「パイナップル?あの話が効いたのかな」
「それにしては、ずいぶんと小さな箱でしたが」
「おい!それは本物のパイナップルではないんじゃないのか」
「といいますと・・・・・・」
「バカ知らんのか。手榴弾のことを通称パイナップルというのだ!」