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都バス

 わたしたち高校3年生トリオは、その日バスの最後尾に座っていた。

「ね、見てよあれ」

 隣の好美よしみがささやく。

「なに?」

 早紀子さきこは朝セットした栗色の髪をくねくねしている。

「あれよ、あれ。あのおっさん」

 好美が指をさす。亜紀あきも何気なくその先に目を向ける。そこにはある人物がいた。

(ゲ最悪)あたしの親だ。

 さほど混んではいない車内である。前から2列めに、ハゲたおやじが座って足を組んでいる。ヨレヨレのジャージにサンダル履き、耳には赤えんぴつを刺している。しかもくわえ楊枝で、新聞らしきものを真剣に読んでいた。

「だっさいよね。日本の恥だわ」

 好美の言葉は、アイスピックの先端にも負けないぐらいに尖っていて、冷たく亜紀の胸に突き刺さる。

「やめなよ。聞こえるよ」

 早紀子がたしなめる。さすがわがクラスの委員長である。ここは穏便にして切り抜けたい。

「都バスだよこれ。東京都にあれはないわ。ね、亜紀もそう思うよね」

「・・・・・・う、うん。そうだね。ひどいね」(早くどこかで降りてくれ。たのむ)


 次の停留所でバスが止まると、大男の外国人が乗りこんできた。バックパッカーなのか、おおきなリュックをしょっている。

「How far does this bus go?(このバスはどこ行きですか)」

 外国人が問いかけたのだが、年配の運転手はきょとんとしている。

「ズィスイズ、サ、サークルバス」

 どうやら循環バスといいたいらしい。

「How to pay?(料金はどうやって払えばいいのか)」

「ペ、ペイ?」

 まさか林家ペイだとは思っていないだろうが。

 そのときハゲ親父が立ち上がった。

「What's happen?(どうしました)」

「I would like to know where the bus is going and how to pay the far.(行先と、払い方を知りたいんだ)」

「Where do you want go?(どこへ行かれたいのですか)You can put the fare in the fare box there,or hold your electric money card over it when you get off the bus.(料金はそこの料金箱に入れるか、バスを降りるときに電子マネーカードをかざせばいいのです)」

「ええ!」

「なに!」

 早紀子と好美が顔を見合わせる。

「Ok.Shall we all go to hell then?(オーケー、じゃあみんなで地獄に行こうか)」

 男の手にはピストルが握られていた。

 次の瞬間。ハゲ親父の新聞が外国人の顔に投げつけられ、ピストルが跳ね上がり、大男はハゲ親父にねじ伏せられていた。

「I'm a police officer.(警察だ)I will arrest you red-handed on suspicion of violating the Firearms and Swords Act and confinement.(銃刀法違反と監禁容疑でお前を現行犯逮捕する)運転手さん通報を」

「は、はい」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 バスを降りると行先の掲示が『緊急事態発生!』に変わっていた。そこに親父が立っていた。

「よお、亜紀。お前も乗っていたのか。よかったな無事で」

(う、話かけられてしまった)

「ええ!亜紀のお父様だったんですかぁ!カッコ良かったですう」

 手の平をかえした好美が歓喜のおたけびをあげる。

「あ、友達?いつも亜紀がお世話になっています」

「とんでもないこちらこそ。今日は潜入捜査かなにかですか」

(変装じゃねえよ)

 優等生の早紀子が尊敬の眼差しを親父に向ける。

「うん、まあ・・・・・・そんなところかな」

(嘘つけ、非番で競輪に行こうとしていたくせに。でもまあいいか、父の日にはなにかおしゃれな帽子でも買ってやろう)

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