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カレーライス

「やはり何かが違うな」

 妻の作ったカレーライスを食べ終えてわたしはスプーンを置いた。

「いったい何なのかしらね。亡くなったお義母かあさまにレシピを教えていただいて、その通りに作ったのよ」

 眉を寄せ、恨めしそうに、母の遺影を眺めながら妻がため息をつく。

 父が早くに他界して、わたしは母一人、子一人の母子家庭で育ってきた。わたしの家庭は貧乏で、周りの友達とは根本的に違うのだと思っていた。着ているものは粗末だし、食べる物も贅沢な食事には縁がなかった。

 しかし母はいくつも仕事を掛け持ちして、このわたしを大学まで行かせてくれた。感謝しかない。ただ唯一、母の作ってくれたカレーライスの味だけは今でも忘れられない。絶品であった。


 社会に出てから大手不動産会社に入社し、数年後には独立して自分の会社を立ち上げた。そして母はわたしが結婚してしばらくすると、肝臓ガンで他界した。

 現在の妻は、その頃の秘書である。

 わたしに喜んでもらうため、母の死の間際、母のカレーの作り方をメモしてくれたのも彼女だ。カレーのルーは一般的な市販のルーだ。具も特殊なものなどもちろん入っていなかった。

 それでも何か隠し味があるのではないかと、しつこく尋ねたらしいのだが、そんなものはないと言う。しまいには、当時料理に使っていた鍋を借りてきて作ってみたのだが結果は変わらなかった。

 残念ながらあの時のカレーを再現することはできなかったのである。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 数年後、バブルが崩壊して日本経済は破綻した。わたしの会社もそのあおりを喰って、倒産を余儀なくされてしまった。

 わたしは豪邸を売り、妻と共にアパートの一室で再起を図ることになった。食事も質素になり、生活用品は切り詰められるだけ切り詰めた。

 ある日妻がカレーライスを作ってくれた。

「!」わたしは驚いた。

 それはあの時食べた、母のカレーと同じ味だったのだ。

「そうか、もしかして・・・・・・昨日“おでん”だったよな」

「ええ」妻は頷いた。「じつは・・・・・・汁を捨てるのがもったいなくって、そのままカレーに使ったの」

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