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その場を動くな!

「全員その場を動くな!」

 その時わたしは“友達のひとり”としてではなく、警察官として全員の行動を制限した。


 わたし達は大学サークルの旧友に呼ばれて、銀行家紺野こんの古色蒼然こしょくそうぜんな豪邸に集ったのであった。サークルと言ってもただの麻雀仲間ではあったのだが・・・・・・。

 集まったのは建築家の白木しらき、作家の赤塚あかつか、大学助教授の黒田くろだと警部のわたし青山あおやまだけだ。若いメイドのみどりに案内されて大広間に集まったはいいのだが、当の主催者はいつまでたっても姿をみせる気配がない。

「みどりさん、紺野はどうしたの?」

 黒田が業を煮やしてみどりに言った。

「書斎にいらっしゃるのですけど・・・・・・さきほどから内側から鍵がかけられていまして」

 みどりは茶器を片付ける手をとめて、眉をひそめた。

「ちょっと心配だな。何かあったんじゃないか」赤塚が紅茶をテーブルに置く。

「合鍵はないのかい?」白木が尋ねる。

「ございます。少々お待ちください」

「じゃ一緒に行こう」

 とわたしが言い出すと、手持ち無沙汰だったのか、その場のメンバー全員が席を立ったのである。


 書斎は二階の突き当りであった。みどりが年季の入ったドアをノックして声を掛けるのだが、返答はない。みどりは鍵束から真鍮の鍵を探し出すとゆっくりと扉を押し開けた。

「きゃ!」

 みどりの悲鳴と、紺野が床に倒れているのが目に入るのが同時であった。

「おい、どうした」

 わたしはすぐさま紺野に近づき、脈拍を測ったが反応はなし。呼吸を確認しようと顔を近づけると、口元からアーモンド臭がした。

(青酸カリ?)

「毒殺の可能性がある。全員その場を動くな!」


 数分後、パトカーが詩吟でも唸るようにサイレンを鳴らして近づき、警官や鑑識官が忍者隊のような素早さで集まってきた。

「警部、なぜ殺人だと?」

 鑑識の黄坂が死体を調べながら訊いてきた。

「内側から鍵がかかっていたんだが、遺書らしきものが見当たらない。ましてや俺達を呼びつけて自殺をするはずがない」

 白木が前に出た。

「ちょっと待てよ、まさか俺達の中に犯人がいるなんて思ってないだろうな。だいいち動機がないだろう」

 4人を見回してわたしは言った。

「麻雀は4人でやるものだ。死体を入れると5人・・・・・・ひとり多いと思わないか?」

「2抜けってこともあるだろうが」と黒田。

「実は商売柄、今日ここに集まる面々の近況を調べておいた。まず白木は多額の借金を紺野にしていて、最近返済を求められていた。紺野の亡くなった妻は、もと赤塚の恋人だ。黒田の息子は紺野の銀行の内定を最近取り消されたらしい。そして、メイドのみどりは他人じゃない。紺野がよそで作った隠し子なんだよ。遺産は全て彼女のものになるはずだ」

 黄坂が顔をあげた。なぜか済まなそうな顔をしている。

「警部、死因が分かりました。これは毒殺じゃありません。アーモンドを食べ過ぎてのどに詰らせたんですな。徹夜麻雀のために精力でもつけようとしたんでしょう。ただの窒息死ですわ」

 そのあとわたしは3人の男とひとりの女の“殺意”を、背中にヒシヒシと感じ取ったのは言うまでもなかった。

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