サッカーの試合時間は前、後半合わせて90分である。その間に15分間のハーフタイムがある。
「さてトイレタイムだ」「この間にビールを買ってこよう」「チアガールのダンスを観ようぜ」観客の過ごし方は様々だ。
しかしチームにとって、ハーフタイムは貴重な15分である。選手の疲労回復、そして後半の作戦を練る大切な時間なのだ。
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「データを見せてくれ」
監督がデータマンに声をかけた。金沢はすかさずプリントアウトした前半の戦況データを、監督の
味方のシュート数からはじまり、ゴールキック、フリーキック、コーナーキック数は当然のこと。各選手の走行距離、加速度、移動エリア、パス成功率、枠を捉えたシュートと外したシュートの数。はたまたオフサイド獲得数、敵選手からのボール奪還数、守備陣地からシュートまでに到達したルートとそれにかかった時間。さらに敵対選手のボール保持時間。選手間のパスの方向および最も多いパスの方向。ボールを持ってからの動きの方向の規則性。そして、誰に対するパスが一番多いのか。ゴール前での身体の動きのパターン。シュート優先なのかパス優先なのかなどが分析されているのである。
「データはウソをつきませんよ」と静かな口調で金沢が言う。
「この選手はパスを出すパターンを読まれている可能性があります。後半交代させるべきかと」
「なるほど」
「あとこの選手は前半で体力を使い過ぎています。後半20分ぐらいが交代するタイミングです」
「ほう」
「そしてクロスの数に対して、ヘディングシュートの成功率が低すぎます。後半点が取れなかったら背の高い選手を投入するべきです」
棟岸は感の鋭い監督である。いや、これまで感だけをたよりに勝ってきたといっても過言ではない。データ史上主義の現在のスポーツにはいささか疑問を抱いていた。
「数字はウソをつかないのは分かったが、本当にそれだけかね」
棟岸が金沢を見た。
「それが現代サッカーです」
「・・・・・・それじゃあ、みんな聞いてくれ」
棟岸はデータを見ながら、後半のポジショニングと選手の交代について説明をする。そして、敵のポイントになる選手の前半のクセと対策法、敵ポジションの穴についての指示を付け加えた。
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後半が始まった。
後半開始早々、敵に点を入れられ、その5分後に味方が1点取り返した。後半20分が過ぎた。
「あの選手を入れ替えないと」
金沢が棟岸の耳元でささやく。
「いや彼はまだ行けると思う」
「無理です!データが物語っています。このままだと勝てませんよ」
棟岸の手に汗がにじんだ。
「わかった。交代させよう」
交代フリップが用意された。その時歓声が上がった。
交代させようとした選手が、奇跡の逆転ゴールを奪ったのである。敵が蹴り損ねたこぼれたボールが、たまたま交代させようと思った選手の頭に当たって得点になったのだ。棟岸は金沢を見る。金沢は肩をすくめた。
「確かにデータはウソをつかないだろう。でもデータにできないものもある」
「なんでしょう」
「その男の持って生まれた運だよ」
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「あの棟岸という監督はどうだね」
ゼネラルマネージャーが来賓席で双眼鏡をのぞいている。
「そうですね。データによりますと・・・・・・」
「そうか。そろそろ彼にも交代してもらうとするか」