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禁煙

「あなた。タバコは身体に悪いんだって。禁煙なさったら」

 妻がわたしに禁煙を要求してきた。

 そもそも、ハードボイルドを自任しているわたしに惚れたのは妻の方だったはずだ。それなのに、タバコは身体に悪いからやめろという。

「いきなりは無理だな。少しずつ本数を減らしてみるよ」

「だめよ。前にもそんなこと言って、結局やめられずじまいだったじゃない」

 妻は断固としてわたしにタバコをやめさせるつもりらしい。

「それじゃあ、もし禁煙に成功したらなんでも願いを叶えてあげる」

「本当か」

「もちろんよ」

「よし分かった。じゃあ今日から禁煙しよう・・・・・・と言いたいところだが、このひと箱がもったいないから、これだけ吸い終わったら禁煙だ」

「まあ。仕方ないわね。約束よ」

 だいたい理不尽なのは、散々今までタバコの宣伝をしていた国が、掌を返したように禁煙を推奨しはじめたことだ。いまでは飛行機内での喫煙は世界的に禁じられている。それでも空港の免税店ではタバコが大々的に売られているのも腑に落ちない。

 我々愛煙家は、日に日に肩身の狭い想いをしなければならなくなってきているのである。

 ひと箱のタバコは、その日のうちに煙になって消えてしまった。翌朝から地獄の日々がはじまったのである。

 まず朝、寝起きの際がつらい。そして新聞を読みながらコーヒーを飲んでいるときもつらい。始終手持無沙汰になる。通勤の車の中で、信号待ちなどをしているとついタバコを捜している自分に気づく。

 会社の休憩時間や昼食後がつらい。禁煙したのを知っていながらタバコをすすめてくる悪い友達がいる。しかも、これ見よがしにうまそうに人の前で吸いやがる。

 どこに行ってもタバコのにおいに敏感になっている自分に気がつく。家に帰ってテレビをつけるとドラマの中で主人公がタバコを吸っているとこちらも吸いたくなる。

 しだいにわたしはイライラし始めた。ガムなどを噛んでみたりする。めまいがし始める。頭痛がし始める。手が震えて来る。眠れなくなる。・・・・・・ニコチンの禁断症状だ。


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 一ヶ月が経過した。

 今でも夜中にタバコを吸っている夢を見て飛び起きることがある。食べ物の味が異様においしく感じて来た。そのおかげで、少々太ってきてしまった。テレビでタバコの値上げのニュースを聞くと、ざまあ見ろと優越感が湧いて来る。

 禁煙ひと月で人間の身体は免疫力が回復するのだそうだ。

 しかし、今でも時々禁断症状が訪れる。コンビニのレジに並んでいると、前列のひとがタバコを購入しているとつい自分も買ってしまいそうになる。こういう日常の習慣行動がやばいのだ。


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 そして、とうとう1年が経過した。これで肺機能が改善したことになるのだそうだ。やった。

「あなた。とうとう禁煙して1年が経ったわね。おめでとう!」

「おう。今回は自分で自分をほめてやりたい気分だよ」

「意思が強くなったのね。素敵よ。ご褒美は何がいい?」

「そうだな。タバコを1本吸わせてくれ」

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