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笑顔がいちばん

「いいですか。女子社員は会社の華です。笑顔を絶やしてはいけません」

 新人OLのもえにとって初めての研修だった。

 講師は女子社員の間では“レジェンド”と呼ばれている麻朝まあさ先輩だ。

 OLは1年目から即戦力。2年目からは中堅。5年目になればベテラン。7年を過ぎるとレジェンド(ところによってはおつぼね様)と呼ばれるのだそうだ。

「笑いは記憶力を向上させ、アルファ波の増加により脳をリラックスさせてくれます。自律神経も安定しますし、血行まで良くなるそうです。そして脳内にエンドルフィンが放出されますから、幸福感や安心感を得ることができるといいます。良いことずくめですよね」

 萌はカタカナ用語を聞くとなぜか眠くなる癖がある。萌は内心あくびを堪えるのに四苦八苦していた。

「女性社員の立ち振る舞いしだいで、この会社がどんな会社なのかお得意さまが判断なさることもあるのです。仏頂面の女子社員のいる会社に仕事なんて出そうと思わないでしょ。萌さん、そう思わない?」

「は、はい!」

 いきなり名指しで呼ばれて萌はドギマギしてしまった。

「萌さんのその笑顔、いいですね」

 麻朝が再び全員に目を向けて満面の笑顔を作る。

「笑顔はあなたを信頼していますよ・・・・・・という声なきメッセージです。お互いの距離を縮めるのにとっても効果的なの。彼氏が欲しいひとはやってみて」

 そこでドッと笑いが起きた。


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「では好感の持てるいい笑顔の作り方をお教えします。それじゃあ、萌さん前に出てきて」

 ええ、なんでわたしがさらし者に・・・・・・と思いながら萌が麻朝先輩の横に並んだ。

「じゃあ萌さん笑ってみて」

 笑えと言われて素直に笑えるわけがない。そんなのは落語家かお笑い芸人ぐらいだ。そんなことを思いながら萌はぎこちない笑顔を作ってみた。

「はい皆さん。萌さんの笑顔を見てください。どうです?いいでしょう」

 麻朝はよっぽど萌の笑顔が気に入っているみたいだ。

「まずこの目」

 麻朝が萌の目を指さした。

「三日月を倒したみたいにUの字が逆さまになってるでしょう。目がこうなっていないと、いくら笑っていても相手に無表情で冷たい印象を与えてしまうのです」

 たしかに学生時代に“微笑みさん”と言われたことがある。萌にとって、三日月目は持って生まれたものである。これを意図的にやれって言われてできるものだろうか。会場の同僚を見ると一様に無理に目を細めておかしな顔を作っている。萌はそれを見ておかしくなり、おもわず笑ってしまった。

「はいそれ。それがいいのよ」

 麻朝が今度は萌の頬に指をあてた。

「頬がアンパンマンみたいに盛り上がってますよね。笑顔はこうならないといけません」

 そうなんだ、と萌はさらに頬をあげてみた。

「あらだめね」麻朝が不満な顔をした。「いいですか皆さん。笑うときにはなるべく、上の歯だけを見せてくださいね。下の歯を見せると品がなく見えてしまいます。もっとも彼氏に幼さをアピールしたいときには下の歯を見せるのは有効ですけど」と言って麻朝が会場のみんなにウインクした。

 会場にまたドッと笑いが起きる。

「萌さんどうもありがとう。席に戻っていいわ」

 萌は席についた。

「最後にだめな笑顔のNG事項を教えて終わりにします。まずはアゴを上げないこと。そして口を閉じないこと。顔を歪めないこと。顔のパーツが左右均等でないとニヒルで意地悪そうな笑顔になってしまいます。普段から顔が歪んでいるひとは、物を食べるときにいつもと反対側の歯で咬むといいでしょう」


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 萌は秘書課に配属されることになった。

 OLにとって笑顔は最大の武器なのだ。ちょっとしたミスも笑顔さえあれば許される。

 ある日秘書室に電話がかかってきた。萌が取ると、若い女性が社長を出してくれという。

「少々お待ちください・・・・・・社長。かえでの椿さんという女性からお電話が入っておりますが」

「椿?今いないと言ってくれ。おれは海外出張中でとうぶん帰らないってな。まったくしつこい女だ!会社にまで電話してくるなんて・・・・・・」

「・・・・・・と申しておりますが」

 社長がこけた。

「保留じゃなかったのか!」

 受話器の先の椿がすごい剣幕で怒っている。萌は三日月目で社長を見る。

「きみ、ぼくを馬鹿にしているのか」

「あの・・・・・・」萌は受話器を外して微笑んだ。「とんでもありません。笑ってゴマかしているだけです」

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