目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報
この子の七つのお祝いに

「おい早智子さちこ詩乃しのも今日で7歳になるんだな」

「そうねえ。ずいぶん大きくなったわねえ」

 妻とわたしは感慨深げに娘の詩乃をながめた。7歳とはいえ、まだあどけなさが残っている可愛い娘だ。

「パパ。お祝いにどこかに連れてってくれる?詩乃、ディズニーランドがいいな」

「ディズニーランドかあ。今日はちょっと無理だよ。夏休みに入ったらみんなで行こうか」

「わーい。やったあ!」

「あなた、とりあえずお宮にお札を納めに行きましょうよ」

「うん。そうしようか」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 この街の天神さまは人里離れた山裾やますそにあった。道の両脇には夏草が生い茂り、風が吹くとさわさわと音を立てた。神社へは曲がりくねった道が続いている。

「ここを入っていくのかな」

 わたしたち親子三人は、細くなった道の曲がり角で立ち止まった。目印なのだろうか、そこには小さなお地蔵さんが鎮座している。わたしたちは細い路地の中に入って行った。

 その時、どこからともなく声をかけられた。

「どこにおいでだね」

 よく見ると路地の先に、老婆がひとりぽつんと座っていた。

「天神さまはこの先でいいのですか?」

 わたしは老婆に訊ねた。

「御用がおありかえ。用がなければ、今日は通れませぬ」

「この子の七つのお祝いに、お札を納めに参ります」早智子が娘の肩にやさしく手をかけて言った。

 老婆は喉の奥で笑いをこらえるかのように言った。

「通るのかね、ここを・・・・・・まあいいさ。どうぞ通りゃんせ」

 わたしは妻と目を合わせた。なんだろう、いったい。

「行きは良い良い。帰りは・・・・・・どうなっても知らないよ。ひっひっひ」

「それじゃあ通ります」

 わたしたちは憮然ぶぜんとして老婆の前を通り過ぎた。背中越しに老婆の声が追いかけてきた。

「帰りは怖いよ・・・・・・怖いながらも・・・・・・通りゃんせ。くっくっく。通りゃんせ・・・・・・ひっひっひ」

 わたしたちは肩を寄せ合いながら、細く暗い道を登って行った。


「さっきのお婆さん、なんだったのかしら」

 妻がいくぶん震える声で言った。

「わからんよ。あんな気味の悪い婆さん、今まで見たことがないぞ」

「パパ怖いよ」詩乃がしがみついてきた。

 それでもなんとか神社の鳥居にたどり着くことができた。

「お札を納めて早く帰りましょうよ」と早智子が言った。

 わたしたちは鳥居をくぐった。

 とその時である。頭上で大きな音がしてくす玉が割れた。紙吹雪と色とりどりの紙テープが舞う。

「おめでとうございます!」

 フラッシュが一斉に焚かれ、わたしたち親子は地元の新聞社や報道陣に取り囲まれていた。

「あなたは当天神さま、参拝100万人突破の参拝者になります」

 わたしは唖然あぜんとして妻と顔を見合わせた。

「どうぞ。ディズニーリゾート家族招待券と副賞の現金20万円が贈呈されます。今のお気持ちをお聞かせください」

 詩乃が大喜びする。

「ええ!ほんとう。やったあ!」

 妻が言った。

「あの・・・・・・幸せすぎて・・・・・・」

 わたしが言った。

「・・・・・・正直、帰りが怖いです」

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?