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舞妓

「どうでっしゃろか。うちの娘」と母親のおたえが、知り合いの女将、光子みつこ舞子まいこを紹介した。

「そうどすなあ。顔もええし、姿もええ、声もええ」光子が舞子の頭からつま先まで値踏みするかのように眺めた。「立派な舞妓になる思いますえ」

「ほな、見込みありまっしゃろか?」

 お妙が身を乗り出した。

「預からしていただきまひょ」

「ほんまでっか!」

「お妙はん。あんた最初からこの子、芸妓にするつもりで舞子って名前つけたんどすか?」

「そんなあほな。偶然や。せやけど育てていく内に、どんどん可愛なって来てん」

「舞子ちゃん。いまいくつどすか」光子は舞子に訊ねた。

「14歳です」

「そらよかったわ。舞妓は中学卒業まではなることができひんのやで」

「ほな、光子さんよろしゅうお願い申します」

 お妙が頭を下げた。


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「舞子。これ持っていきなはれ」

 舞子が京都に立つ時、お妙が綺麗な巾着袋に入ったものを差し出した。

「なあに」舞子が渡された袋の中を覗く。「くし?」

「舞子。くしは“苦死”を連想するさかいな、贈り物のときにはかんざしってよぶねん」

「かんざしかあ。なんに使うの?」

「そら髪を梳とくのに決まってるちゃうん。せやけどこのつげ櫛はな、日本髪に使うんやで」

「日本髪に?」

「舞妓になったら日本髪を結うやん。それには毎回2時間ぐらい時間がかかんねんて」

「2時間もかいな」

「そやさかい舞妓さんは高枕で寝て、1週間その髪型をキープせなあかんのやで」

「難儀やなあ」

「せやけど一週間もそのままだと、汚れやフケがでるやろう。そやさかいつげ櫛は極限まで歯を細くして、それら汚れを取り除くために作られた櫛なんや」

「ふうん。なんか分かれへんけど、どうもおおきにお母はん」

「なんか辛いことあったら、このかんざしをみて我慢するんよ」


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 舞妓になるには、まずは置屋おけやで修行をしなければならない。置屋は京都の五花街ごかがいの各所にあり、舞子はそのうちのひとつ先斗町ぽんとちょうの置屋に弟子入りしたのである。

 だからと行って、すぐに舞妓になれるわけではない。まずは“仕込さん(舞妓見習い)”としてスタートすることになる。


 仕込さんの修行はとにかく厳しい。朝は誰よりも早く起きて、朝食の準備の手伝いをする。掃除、洗濯、芸舞妓の身支度、荷物持ちなども仕込さんの仕事である。仕込みさんはその合間を縫って、女将や芸舞妓に言葉遣いや舞を教わり、各種の稽古にも出かけなければならないのである。

 お座敷に芸舞妓を送り出したからといって、先に寝ることなど許されない。芸舞妓さんが深夜に戻ってくるのを玄関で辛抱強く待ち、衣装の片づけをするのである。この段階で相当数の仕込みさんが離脱してしまうのだ。それほど厳しい世界なのである。


 舞妓になるには、置屋の女将と茶屋(芸者遊びをする店)組合から許しを得て、初めて舞妓として認められるのである。その舞妓とて、実は芸妓になるための見習いにすぎないのだ。

 舞子はその厳しい修行に耐え抜いた。苦しい時には、母からもらったかんざしを眺めては声をおさえて泣くのだった。母の声が聞こえてきそうだった。(ええか。これを使えるようになるまでがんばるんよ)


 そして舞子は、ついに舞妓になる日が来たのであった。


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 数か月後、舞子は光子につれられて大阪の街に戻ってきた。

「お妙はん、かんにんえ。力になれんと」

「舞子。どないしたん。ほんまの舞妓になれたって喜んどったちゃうん?」

 驚いてお妙がわが娘を見る。

「それがね、お母はん・・・・・・」舞子がうつむく。

「唄もええし、舞も見事やし、舞妓としての立ち振るまいも申し分あらへん」光子はため息をつく。「でもこの娘、寝相がわるいんどす。なんとか直そう思たんどすけど、どうにもならんと。朝になったら日本髪が、そらもうぐしゃぐしゃどすの」

「あらまあ」

「そんなんで。かんにんえ。今回はなかったということで」

 光子は深々とお辞儀をして帰って行った。


「舞子・・・・・・」

 お妙がうつむいた娘の顔をのぞき見る。

「お母はん・・・・・・」

 舞子がパッと顔を上げる。

「やったなぁ!」

 ふたりは手を取り合って喜んだ。

「ほらみ、無料ただ)で修行できたやないか」

「ほんま。お母はん、これで『宝塚歌劇団』の試験に受かるかな?」

「当たり前やがな。あんたをタカラジェンヌにするんがうちの夢やってん!」

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