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レッスン41「街 (3/7)」

 朝、僕は長年の習慣通り日の出とともに飛び起き、顔を洗い、外着に着替える。

 今日は冒険者として働く予定はないから、鎖帷子くさりかたびらや革鎧は留守番だ。


「それにしても……大きな部屋」


 ひとりで使うにはいっそ寒々しいほど広い部屋に、天蓋つきベッド――実物を見て、ノティアから説明を受けるまで、『天蓋』という言葉の意味すら知らなかったよ――、数々の絵画や調度品。

 床に敷き詰められたるは足音をまったく立てさせないふっかふかの絨毯。

 ここが自分の家だなんて、未だに信じられない。

 お師匠様と会うまでは、かび臭い家の床にごろ寝していた僕がだよ!?

 とはいえ良いことばかりでもない。


 問題は、このお屋敷の維持管理だ。


 数十個もの部屋、大きな厨房と食堂、お風呂場、そして庭。

 掃除はまぁ、お師匠様の助けがあれば、「【汚れを収納アイテム空間・ボックス】!」とかなんとかやって綺麗にできると思うのだけれど、やるべきことは掃除だけじゃない。

 やっぱり――…ここを管理してくれる人、使用人さんが必要だよね。



   ■ ◆ ■ ◆



「おはようございます」


「ああ、おはよう」


「おはようございます、クリス君」


「おはよう、クリス」


 食堂に入り、挨拶すると、3人の女性から返事が返ってくる。


 ひとりは、お師匠様。

 まぁ、そりゃ当然、いるよね。


 2人目は、さも当然の顔をして座っているノティア。

 まぁここのところノティアの【瞬間移動テレポート】にはさんざんお世話になっているし、それでなくてもウィンド・ドラゴンから守ってもらったあのときに、僕は相当ノティアにしまった感がある。

 ノティアがこの屋敷に住むと言ったとき、僕は何の抵抗もなくそれを受け入れた。


 そして、3人目は――…


「クリスの分の朝食、持ってくるから! 待っててね」


 そう、シャーロッテだ。

 彼女はもともと猫々マオマオ亭に下宿していたのだけれど、山ほどある部屋を持て余した僕が冗談半分で「……来る?」って聞いたら本当に来た。

 し、下心はないよ!?

 彼女にとっても、大きな部屋に天蓋つきベッドまであって、お風呂も入り放題のここの方が住みやすいだろうし、猫々マオマオ亭へも徒歩数分だしね。



   ■ ◆ ■ ◆



「というわけで、使用人を雇いたいんですけど……いいですか?」


 シャーロッテの手料理――と言いつつも、食べなれた猫々マオマオ亭風料理だけど――を食べながら、みんなに聞く。

 朝食は辛さ控えめのお粥と、卵のスープ。

 そして相変わらず、お師匠様は何も食べない。

 宿屋暮らしのときからそうだったけれど、朝、自室で手早く済ませてしまうらしい。

 だというのにこうして食堂に出てくるってのは何なんだろう? 人恋しいとか?


「お前さんの財布でやるんだろう? だったら何も問題はないさね」


 そのお師匠様から許可が出た。

 言いながら、お師匠様は原稿用紙に何がしかを書き連ねている。


 ここのところお師匠様は、暇さえあれば本を書いている。


 内容は多岐に渡る。

 冒険活劇や恋愛モノの小説や、西の森がかつて『魔の森』と呼ばれていたころから、どのようにして衰退していったのかという記録書や、魔法の教本、薬草と毒草に関する辞書などなど。

 一度執筆を始めると、すでに脳内に完成しているものを吐き出すかのように、片時も手を止めることなく高速で書き連ねるんだよね。

 一度、「その膨大な知識はいったいどこから出てくるんですか?」と聞いたら、お師匠様はニヤリと笑って「【万物解析アナライズ】さね」と言った。

 優れた【万物解析アナライズ】使いは、まるで百科事典のページを繰るかのように、この世の情報に接続アクセスできるのだ、と。


万物解析アナライズ】、万能すぎる。


「わたくしも賛成ですわ。わたくし、野営や料理はできても、それ以外の家事は……」


 すっかり猫々マオマオ亭のファンになってしまったノティアが、シャーロッテの手料理を美味しそうに食べながら言う。


「ごめんね、本当はあたしがやれたらいいんだけど……」


 申し訳なさそうにシャーロッテが言う。

 シャーロッテは料理も上手いけど家事全般が飛びぬけてうまい。

 どのくらい上手いかと言うと、孤児院の院長先生が「出ていかないで。いっそここで働いて」と嘆いたくらいに上手い。


「しゃ、シャーロッテ、気にすることないからね!?」


 僕は家事を目当てにシャーロッテを誘ったわけではない。

 こうして料理を作ってもらってるのも申し訳ないくらいなのに。


「ところで、どこで人を探すの? どうせだったら――」


「うん。僕らの出身孤児院で、仕事が決まらずに苦労してる子を何人か雇おうかな、って」


「それがいいわね!」


 笑顔のシャーロッテ。

 僕もシャーロッテも、あの孤児院には本当に感謝してるんだ。

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