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レッスン35「川 (2/5)」

「――【物理防護結界マテリアル・バリア】ッ!!」


 ウィンドドラゴンが、僕の頭にかぶりつく――その寸前で、目の前に白く輝く結界が生じた。

 これは――お師匠様の声だ!

 目の前では、ウィンドドラゴンが結界に牙をはじかれ、のけっている。

 そして、視界の外から走り込んできたノティアがウィンドドラゴンの首に両手を向け、


「――【風神ノトス・の刃ブレード】ッ!!」


 ギャリギャリギャリッ!!


 ノティアの手から飛び出した風の刃がウィンドドラゴンの首に襲い掛かる!

 金属の軋むような音とともに、ウィンドドラゴンの首からパッと血が噴き出す!


「クリス君を怖がらせるような悪い子には、お仕置きが必要ですわ――【風神ノトス・の刃ブレード】ッ!!」


 さらに、数倍の量の刃が一斉に切りかかり、ウィンドドラゴンの首が千切れ飛んだ!


「【治癒ヒール】……ったく、だから足元を見ろと言ったさね」


 背後からお師匠様の声。

 全身の痛みが引いていく。


「大丈夫かい? 頭は打っていないさね?」


 頭を撫でさすってくるお師匠様。

 途端、体がようやく恐怖を思い出したかのように、全身が震え出した。


「ご……」


「ご?」


「ご、ご、ご、ごめ”ん”な”さ”い”ぃ”~~~~ッ!!」


「あぁもう、泣きなさんな! 大の男がみっともない!」


「あらあら、泣き虫な男はモテませんわよ? ――もっとも、私は逆に好きですけれど」


 恥も外面もなく、泣きじゃくった。



   ■ ◆ ■ ◆



 ……本当、死んだかと思った。


「アリスさん、このウィンドドラゴンはわたくしがもらってしまってもよろしくて?」


「構わないよ。戦果からして、十・ゼロが妥当さね」


「では遠慮なく」


 ウィンドドラゴンの首と体が、ノティアのマジックバッグに吸い込まれていく。

 小型魔導船を単騎で叩き落とし、大型魔導戦艦をすら集団で襲って墜落させるという空の覇者・ウィンドドラゴン

 鉄製の武器ではそのウロコに傷ひとつ負わせることすらできず、大砲の直撃をも耐え得る怪物を、たったひとりで討伐して。

 そのことを誇るでもなく高揚するでもなく、淡々と取り分交渉をし、さっさと仕舞うその姿はまさに歴戦の冒険者。


 か、か、カッコいい…………。


 我知らず、じっとノティアを見つめていると、彼女がふとこちらを向いて苦笑した。


「ほら、これで涙を拭いてくださいまし」


「あっ、……ありがとう」


 差し出されたハンカチを受け取りながら、思わずまごまごする。


「あらあらあら」


 と、ノティアが朗らかに笑い、僕の頭を撫でてきて、


「ねぇ、クリス君。自分で言うのも何ですけれど……わたくし、いい女でしょう? 強くて美人で優しいだなんて、世界中探したってそうそう居ませんわよ? 結婚のこと、前向きに考えて頂ければ幸いですわ」


 ただでさえ妖艶な雰囲気を漂わせているノティアが、さらに艶めかしく微笑む。


「子供さえたくさん作ってくださったら、あとはやりたい放題! 好きなだけ贅沢させて差し上げますわ」


 ……ごくり。超絶美人のノティアと一緒になって、何不自由ない生活……いやいや待て待て、公女殿下と結婚するってことは、貴族になって色々と面倒な仕事が発生するわけで。

 この僕に、貴族の仕事なんで絶対無理だよ!?

 なんていう思考が顔に出ていたのかも知れない。ノティアが微笑んで、


「わたくしは公爵家でも末席ですから、管理すべき土地も持たない法衣貴族にでもなって、家のことは家令や執事や侍女たちに任せて、のんびりゆっくり暮せば良いですわ」


 なんとも、自堕落な男の人生の、理想像のようなことを言ってくる。

 一瞬、シャーロッテの顔が脳裏をよぎったけれど、正直めちゃくちゃグラついている。

 何よりさっきの、カッコいい姿が頭から離れない。


 シャーロットにしてもお師匠様にしてもそうなのだけれど、僕って自分が情けないって自覚がある所為せいか、頼もしい女性、カッコいい女性が好みなんだよね……。


「待て待て待て!」


 お師匠様が僕をノティアから引きはがす。


「お前さんが誰と結婚しようが、そりゃお前さんの勝手だが……その前に、儂の望みは果たしてもらうからね?」


「お師匠様の、望み?」


「そうさね。そのために、儂ゃお前さんを弟子にしたのだから」


 そういえば僕は未だに、お師匠様が僕を拾ってくれた理由を知らずにいる。


「……お聞きしてもいいんですか?」


「うん? あぁ、儂の望みのことかい。――を、【収納】してもらいたいのさ」


「とあるもの? それは――…何ですか?」


「…………」


 お師匠様は微笑むばかりで、それ以上は何も言わない。

 また、これだ。

 まぁ、お師匠様が話したがらない以上、詮索はすまい。

 言ってもらえるときになれば、きっと言ってもらえることだろう。


「とは言え、いまのお前さんじゃあまだまだ無理そうだねぇ。竜の首くらい、さくっと【収納】してもらわないと! こりゃ、夜の『魔力養殖』をますます厳しくしなくちゃならないねぇ」


「ヒッ……」


「え? え? え? 『夜の』って何ですの!? いったい何をしてますの!?」


「ほら、川はあっちの方だ。行くよ」


「無視しないでくださいまし!!」

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