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レッスン3「ホーンラビット (3/7)」

「「「「「省略詠唱ぉ~~~~ッ!?」」」」」


 …………そう。

 僕は昨日、死にかけていたから驚きそびれたんだけれど、普通、魔法っていうのは長々とした『詠唱』を必要とする。

 例えば【治癒ヒール】なら――僕自身は使えないけれど、パーティーメンバーが使っているのを見てて覚えた――【光の神イリスよ・御身おんみの慈悲をもって・その傷を清めいやたまえ――治癒ヒール】となる。

 この、締めの句である【治癒ヒール】だけで済ませてしまうのが省略詠唱。


 省略詠唱は難しい。


 どのくらい難しいかって言うと、省略詠唱ができるってだけで魔法使いの自慢になって看板になって、冒険者パーティーから引く手あまたになるくらい珍しい。

 そして、未登録冒険者が省略詠唱を使えることに、ギルドホールにいる――ベテランも含めた――全冒険者とギルド職員が驚くくらいには。

 かく言う僕も【収納アイテム空間・ボックス】については省略詠唱ができるけれど、それは【収納アイテム空間・ボックス】が僕に与えられた加護エクストラ・スキルだからだ。

 冒険者登録したてから少しの間はもてはやされたものだったけれど、僕がクズ魔法【収納アイテム空間・ボックス】しか使えないと分かると、逆に嘲笑の的になったものだった。


 しかも師匠は、僕に対して【エクストラ治癒・ヒール】を使った。


治癒ヒール】、【ハイ治癒・ヒール】に次ぐ、上級魔法【エクストラ治癒・ヒール】。

 失われた手足の再生こそできないけれど、どれだけ悲惨な怪我でも治る、千切れた手足がその場にあるなら繋げることすらできてしまう、神様の奇跡にも近しい魔法。

 そりゃ宮廷魔法使いや教会の偉い人なんかには使い手もいるかもしれないけれど……少なくともこの街の冒険者には、使える人はいなかったはずだ。


 ……本当に、何者なのだろうか、と思う。


「な、なぁなぁお姉さん、この街は初めてか!? よかったらウチのパーティーに入れよ!」


 すっかり舞い上がった様子のエンゾ。


「ちょうど昨日、ひと枠空いたところなんだ」


 エンゾの奴が、僕を見ながらニヤニヤ笑う。


「前にいた奴が、ちょっと驚くくらい使えねぇ奴でさ」


「悪いが断るさね。先約がいるんでね」


 そんなエンゾを挑発するかのように、お師匠様が僕の肩に腕を絡めながらそう言った。装備を着込んでいる所為せいか、お師匠様の腕は少ししている。


「な……っ!?」


 エンゾが顔を真っ赤にした。


「は、はん! クリスに誘われたってのか? こいつはこの街一番の無能なんだ、止めといた方がいいぜ。オレもさ、こいつが加護エクストラ・スキル持ちだっていうから使ってみたけど、まるで役立たずでさぁ」


「自己紹介かい?」


「え?」


「お前さんの自己紹介か、って聞いているんだよ」


「…………どういう意味だよ」


 師匠が楽しそうに笑ってる。


「無能なのはお前さんの方だろう、坊や?」


「……………………ああッ!?」


「この子の【無制限アンリミテッド収納・アイテム空間・ボックス】は素晴らしい。その素晴らしいスキルを有効活用できない坊やは無能さね」


「ちょっ、お師匠様!」


 見ればエンゾ顔が、赤を通り越してどす黒くなっている。


「てめぇならできるってのか!?」


左様ヤー


「…………あ、あのっ」


 ふたりの間に割って入ったのは受付嬢だ。


「ギルド会館でのいざこざは止めて頂けると……。それと、アリス様のギルドカードが出来上がりました――Dランクカードです」


 D!?

 なんてこった、Fランクの僕より2つも上だ。


「おや、いきなりDからでいいのかい?」


「はい、あんな見事な治癒魔法を省略詠唱ですから! 先例に照らし合わせればDでも足りないくらいです!」


「ふぅん……」


「おいっ! オレを無視すんじゃねぇ!」


 カードをしげしげと眺める師匠に、エンゾが突っかかる。


「うるさい小僧だねぇ……いったいどうしたら納得するっていうんだい?」


「オレんとこのパーティーと勝負しろ!」


「――あら、それでしたら!」


 と、この手の騒ぎには慣れっこの受付嬢が、1枚の依頼書を取り出しながら提案してきた。


「『治癒一角兎ヒール・ホーンラビット』のツノ採集依頼が来ておりまして。採集本数で競い合ってはいかがでしょうか?」


 騒ぎを収めつつギルドの利益も確保する――したたかな受付嬢さんだな、とそう思った。

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