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112(閑話)「クロエ・ド・ラ・マクロエン(後)」

「――くれてやる!」


 何かの決めゼリフ、なのかな?

『やり切った!』って感じで満足げな表情をするアリソンちゃんが、自分の2本の角を掴み、


「実はですねぇ、私――」






 すぽっ、と。

 角を外した。






「「「!?」」」


「魔王国の、敵、なんですよね」


 角のない、魔族。魔族? 目の前に広がる意味不明な光景。


 何? なんだ? 私、今、何に巻き込まれようとしているんだ? そして胸の奥から湧き上がってくる、目の前の少女に対するとてつもない殺意はいったい――


「はぁ……やっぱりそうなりますよねぇってことでごめんなさい、【従魔テイム】!」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 夢物語のような話だった。


 人族の殲滅を目論む魔法神が魔族全体にかけた、『人族は殺さなければならない』という洗脳。事実、魔王の従魔からアリソンちゃん――改めアリス様――の従魔に変わった瞬間、その殺意は収まった。


 そして、たったの数分で何十年何百年と過ごせるという部屋。


 私の新しいご主人様となったアリス様が人族の【勇者】で、魔王討伐を目指していて、なのに魔族はできるだけ殺さないようにしたいとかいう覚悟のないことを垂れ流していること。

 そしてそれを実現し得る、全知全能神から授かったという『好きな時点から何度でもやり直せる秘術』。


 あはは、何でもアリじゃないか。


 あとアリス様の、王子様への愛の深さは怖かった。


「フェッテン様には絶対に、ぜぇっっっっっっっったいに色目を使わないこと!

 …――使ったら殺す」


 今まで何度も家族に殺されそうになった私だけれど、本物の恐怖ってのはこういうもののことを言うんだと思ったよ。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 そこから数十年の話は、正直したくない。というか、記憶があいまいだ。


 けれど、アリス様が『養殖』と呼んでいる、とてつもなく苛烈で容赦のない特訓から明け、ステータス・ウィンドウを見た時には涙があふれた。


 魔力490万、魔法力50万!

 全属性の魔法スキルがレベル8か9!


 どんな職や地位も望むがまま!

 世が世なら四天王にすら成り得るステータスだ!


 これで復讐できる!

 この狂った魔力至上主義社会と、それを作り出した魔法神、そしてその魔法神の使徒・魔王へ!



    ◇  ◆  ◇  ◆



 養殖が明けてからの流れは実に痛快だった。

 いつものように食事の準備が遅いとわめき出そうとする旧ご主人様の前に【瞬間移動】で現れ、魔法で配膳し、旧ご主人様らの難癖の数々も魔法であっさり解決。

 巨大なダイヤモンドを生成して見せ、旧ご主人様が気絶した時なんか、喝采を上げそうになったね!


 旧ご主人様の態度は一変した。

 殴ることも伽を強要することもなくなり、食事もお風呂も睡眠も休憩も、好きな時に好きなだけ取らせてくれるようになった。

 代わりに、金銀財宝をいっぱい作らされたけど。


 魔法決闘で旧ご主人様を屈服させることもできたんだけど、アリス様から止められてたからそれはしないでおいた。


 そして数日後、私たちはあっさりと奴隷身分から解放された。



    ◇  ◆  ◇  ◆



「じゃ、まずは服屋さんに行きましょう。可愛い服を山盛り買いますよ!」


「「「ふぉぉぉおおおおおお!!」」」


 数年来、妹のお古しか着させてもらえなかったものだから、使えきれないほどの大金を片手に買いたい服や小物や化粧品を買いたいだけ買うというのは、それはもう夢のように楽しい時間だった! どれだけ買っても【アイテムボックス】に収納できるしね!


 そして、カフェで軽食を摂っていると、


「えーと……クロエちゃんも自由時間、要る?」


 私を気遣って、アリス様がそう言って下さった。


「――頂けるのなら」


「あ、あのっ、私の基本方針は理解してるよね? 人死にはなしだからね!?」


 あははアリス様、私が家族に報復するとでも思ってらっしゃるのかな?


「嫌だなぁ、そんなことしませんよぉ。ただ、あいつらの目の前で金銀財宝を生成して見せてやるだけです」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 家族が城壁の外で暮らしているのは知っていたけれど、具体的な住所までは知らなかった。だから城塞都市上空に【瞬間移動】し、周辺の集落も含めて丸ごと【魔法防護結界】で包み込み、【フルエリア・探査】した。

 いやぁ、まさか自分がここまで魔法を使いこなす日が来るとは思いもしなかった。


 ほどなくして、懐かしい――忘れもしない、家族たちの反応を見つけた。



    ◇  ◆  ◇  ◆



「――ヒッ!? ……く、クロエ……か……?」


 畑仕事(!)をしていた兄が、突如目の前に現れた私を見て腰を抜かした。


「他の誰に見えるっていうんですか、いとしいお兄様。あらあら、そんなに痩せちゃって」


 言いながら【アイテムボックス】からドラゴン肉の串焼きを取り出し、ひらひらと見せつけてから頬張る。


「う、ウワサは聞いているよ……急に宝石を生み出せるようになったとか……」


 肉に目を奪われつつ、兄が言う。


「た、頼む! 家に来てくれないか?」


 金銀財宝のひとつでも作らせようって?

 ま、家族の前で金銀財宝を作って『見せる』だけ見せて、希望を抱かせてから絶望の底に叩き落すのが当初の目標だ。ついて行くとしよう。



    ◇  ◆  ◇  ◆



「く、クロエ……」


 久しぶりに見た父は、ずいぶんと白髪が増えていた。

 当然ながら、おんぼろな家に使用人の姿はなかった。


【探査】すると、妹の手はごつごつしていた。

 ……お、母が外から走って来たね。


「クロエが戻って来たって!?」


 母の手もごっつごつだね。ま、水仕事でボロボロになっていた養殖前の私の手には全然敵わないけどさ。


 さて、これで家族全員が揃ったわけだけど。


「クロエ、その……」


 父、母、兄、妹が私の前に整列する。

 父がみんなに目配せして、


「「「「申し訳ありませんでした!!」」」」


 4人揃ってがばっと頭を下げてきた!


「……………………はぁ?」


 出鼻をくじかれるとは、まさにこのこと。


「没落して、周囲からの害意に囲まれて始めて、クロエ――お前のつらさがよく分かったんだ……」


 ぽつぽつと父が語り始める。


「自分たちの保身のために、私たちは、どんなにひどい仕打ちをお前にしていたのかと……」


「…………へぇ? じゃあ今の私の気持ち、分かるっていうの?」


「復讐……したいのだろう?」


「せいかーい」


 あはは、私もすっかりアリス様節に毒されちゃってるね。


「……う、受け入れる」


 父が震える声で言う。


「わ、私のことなら、こ、ころ、殺してくれても構わない。だが、お前への仕打ちは全て、私が主導したことなんだ。だから……子供たちと妻には手を出さないでもらえないか!?」


「はぁ~……」


 ま、もとより殺人はアリス様から禁じられてるけどさ。


「じゃ、遠慮なく」


 一歩前に出てきた父に向って大きく手を振りかぶり、


 バチ~~~~~~ン!!


 思いっきり力を抑えてビンタした。だって力いっぱいビンタしたら父の頭を破裂させかねないもの。


 父は思いっきり跳ね飛ばされ、壁に激突し、そのまま気を失ったようだった。

 無詠唱で【探査】するけど、ま、治癒魔法の必要はなさそうだね。


「【ダイヤモンド・ボール】! ブリリアントカット・バイ・【アイテムボックス】!」


 一抱えほどもある極大ダイヤモンドを生成し、父のすぐそばの床にずぼっと突き刺して、実家を後にした。


 まだちょっともやもやしてたけど、ずっと抱え続けてきたはずのどす黒い殺意は、驚くほど薄くなっていた。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 買い出しの途中だったアリス様たちに合流すると、


「満足した?」


 アリス様がにっこりと微笑みかけてきた。


「……あ、あはは、ええ、そうですね。満足しました。満足、しましたよ!」


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