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111(閑話)「クロエ・ド・ラ・マクロエン(中)」

「「「な、ななな……っ!?」」」


 新しい奴隷が来るとは聞いていた。それが今日だとも。

 で、その新しい奴隷はまたぞろご主人様の慰みものになるんだろうなぁとか思いながら1日の仕事を終え、へとへとになって部屋に戻ったら、そこにはぴっかぴかに磨き上げられた見事な部屋があった。


「え? え? え? いったいぜんたい何が――」


 3人を代表して、3人ともが思っていることを口にしてくれるデボラさん。


「あ、ごめんなさいぃ……勝手にいろいろやっちゃって」


 すると急に、背後から声がした!


「「「えっ!?」」」


 振り向くと、15歳と聞いていたけど、その割に小柄な、金髪碧眼のとんでもない美少女が立っていた。


「あのっ、新人のアリソンと言います。どうぞよろしくお願い致します」


「「「あっはい」」」


 美少女が頭を下げてきた。思わず返礼する私たち。


「ってあれ……? あの、伽は命じられなかったの?」


 思わず私がそう尋ねると、


「研ぎ? 何か研ぐんですか?」


「「「――はぁ?」」」


「へ?」


「「「「……」」」」


「ま、まぁ……とりあえず部屋に入りましょう」


 年長のデボラさんが仕切ってくれて、私たちは部屋に入った。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 アリソン。それが新人の名前だった。


 この子は何でも時間停止機能付き【アイテムボックス】――聖級魔法!――の使い手で、魔王国の常識を知らずに山奥で今まで暮らして来たらしい。

 しかも、この部屋をここまで綺麗にしてしまったのも彼女の魔法だとか!

 そりゃ聖級魔法使いでこんだけ可愛けりゃ、ウチのご主人様が放っとくわけないわ。


「それにしても分からないわね」


 サロメさんが、私たちの代表として質問してくれた。


「あなたそれだけ可愛いのに、どうしてご主人様の夜のお相手を――むごご」


 そんなサロメさんの口を、年長のデボラさんがふさぐ。


「アリソンちゃん、ちょっとごめんなさいね」


 新人に一言断ってから、デボラさんが私に手招き。

 3人で、今まで何回も組んできた円陣を組む。


「あの子――アリソンは、聖級魔法使いよ」


「ですね。ご主人様が仰ってました」


 デボラさんの言葉にうなずく。


「聖級の奴隷なんて、普通、いる?」


「「…――い、いません」」


 デボラさんの至極もっともな質問に、私とサロメさんが答える。


「少なくとも、あのご主人様が伽を強要せず、心証を良くしたいと考えるほどの逸材……ということよ」


 デボラさんの言葉。


「ということで、ひとまずは今まで通りお仕事しつつ、様子を伺うのがいいと思うのだけれど、どうかしら?」


「「いいと思います!」」



    ◇  ◆  ◇  ◆



 というわけでその日は無難な自己紹介だけで終え、就寝――って言っても、見たことないくらい上等な寝具の数々を無償でアリソンちゃんからもらい、『奴隷』の定義についていろいろ考え込むことになったけど。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 翌朝、アリソンちゃんは朝食の準備に来なかった。

 ……まぁ昨日聞いた感じ、ご主人様のそばにはべらされているんだろう。


 で、ただでさえ少ない魔力を駆使して火をつけて――ご主人様は、私たちの魔力のなさを知っているくせに、魔道具も薪も使わせてくれない――調理し、食堂へ運んでいくと、案の定アリソンちゃんがいた。

 こちらの様子をハラハラと見守る様子が微笑ましかったよ。


 そして配膳が済むと恒例のやつが来るので、お腹に力をこめつつさりげなく一歩退いて、


 ガスッ!


「がはっ」


 毎朝のことだ。慣れたもんだけど、苦しい風な声を出しておいた。その方がご主人様が喜ぶから。


「【エリア・エクストラ・ヒール】! ちょちょちょご主人様、何してるんですか!?」


 ――って、え? 痛みが引いた!? いやそれよりも今、アリソンちゃんが【エクストラ・ヒール】って言ったけど上級治癒魔法のしかも範囲魔法を省略詠唱!?


 は、ははは……そりゃ、ご主人様が欲しがるわけだよ、美少女な上にこんな逸材。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 その後は驚きの連続だった。


 まず驚いたのが、残り物の朝食を腹に詰め込んで、さぁ今日も仕事かと掃除用具を取りに行ったら、いきなりアリソンちゃんが目の前に現れ――【瞬間移動】魔法!――虚空から何やら暴力的にいい匂いのするパンと肉を取り出し、有無を言わさず私の口に突っ込んできたこと。

 本当、何年ぶりかってくらいのまともな食事。本当に本当に美味しかった!


 次に驚いたのが、デボラさんもサロメさんも、同じことに遭遇していたこと。

 特にデボラさんなんて外出するご主人様の身支度を手伝ってたのに、ご主人様がお手洗いに行った合間を縫って現れ、パンと肉を口に突っ込まれたとのこと。さらにはアリソンちゃんが『【アイテムボックス】!』と言った瞬間、肉の匂いが消えたとのこと。

 私自身は使えないからよく分からないけど、【探査】魔法で屋敷中の人の状況を把握してるってことなんだろう……たぶん。


 そして、ご主人様とアリソンちゃんが出先から戻ってきて、またまた驚かされた。

 書斎へお茶を出しに行ったサロメさんによると、なんでもアリソンちゃんが、異常なサイズの金銀財宝を無尽蔵に生成しているらしい!


 四天王か!! 魔王か!!


 そして、驚きはその日の夜に頂点に達する。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 昨日に引き続き、その日は誰も伽に呼び出されなかった。


「しくしくしく……」


 そして私は、今日も今日とてベッドの中で泣いた。

 慣れたよ、殴られるのも弄ばれるのにも。でも慣れたからってつらくないわけじゃない。


「アリソン様、今朝下さったお食事は本当にありがとうございました!」


 ふと、デボラさんがアリソンちゃん――いや、アリソン様――に向かって今朝の食事のお礼を言った。

 金銀財宝を生成する、なんていう四天王級の方が相手だもの。下手に出ておくに越したことはない。


「さ、様は止めてくださいよ……皆さんは先輩なんですから」


 けれど当のアリソン様に、偉ぶるつもりはないようだった。


「えっとじゃあ……アリソンちゃん」


「はい!」


 ちゃん呼びするデボラさんに対して、アリソン様――改めアリソンちゃんの、なんとも嬉しそうな返事。聞いてて微笑ましくなってしまった。


「私たちみんな、アリソンちゃんには感謝しているから。あんなご主人様だけど、困ったことがあったら相談してね」


「ありがとうございます! ところでこれ、食べます?」


 ベッドから飛び降りてきたアリソンちゃんが虚空から取り出したるは、できたてホカホカのごちそうの数々!



    ◇  ◆  ◇  ◆



 大いに盛り上がった。アリソンちゃんが【物理防護結界】という音を遮断する結界を張ってくれたおかげで、遠慮なくお喋りすることができた。


 絶品のケーキに舌鼓を打ちながら、話題は身の上話へと変わっていった。


「でも……私にあれだけのことをしてきたんですもの。いいザマですわ」


「ヒッ!」


 微笑む私に向かって、悲鳴を上げるアリソンちゃん。

 あれ? 私の顔に何かついてる?


「と、とにかく、皆さん魔力がなくて大層ご苦労なさってきたんですねぇ……」


 と、アリソンちゃん。

 いやまぁその通りなんだけど、そんな他人事っぽく言われると腹が立つなぁ。


「ごほん!」


 わざとらしく咳払いをしたアリソンちゃんが、何とも形容しがたい表情になり、


「力が……欲しいか……」


「「「……え?」」」


「そ、それはどういう……?」


 私たちの代表で質問するデボラさんに対し、


「それなりの苦痛は伴いますが、たった1秒で10万超えの魔力を手に入れる方法があります」


 は!? 1秒!? って10万超えっていったら超エリートコース!!


「力が……欲しいか……」


 意味が分からなかった。けれど、これだけ規格外のことを矢継ぎ早に見せてくれる少女のことだ。信じてみる価値はあった。


「「「欲しい!!」」」


「――くれてやる!」


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