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110(閑話)「クロエ・ド・ラ・マクロエン(前)」

 貴族の家に第2子――長女として生まれた。

 ま、貴族と言っても世襲可能な最下級の男爵家。

 それでも、自分がこの国で生きていくのが至極簡単らしいことは、子供心にもよく分かった。


 使用人たちは私のどんなワガママも笑顔で聞いてくれたし、親と一緒に街に繰り出せば、誰もがへこへこと頭を下げ、私の容姿を褒めてきた。

 実際、私は子供ながらに美しかったから、父も母も『きっと素晴らしい家と縁を結ぶことができる』と喜んでいた。


 おや、なんだか様子がおかしいぞ? と思い始めたのは、本格的に初等教育で魔法を学び始めた6歳のころから。

 とにかく私の魔力が乏しいのだ。ちょっと初級魔法を使ったくらいで気を失う。

 父と母は必死の形相で家庭教師をつけ、魔力供給を受けながら魔法を使い続けるも、相変わらずすぐに気を失い、魔力はなかなか伸びなかった。

 一方、3つ上の兄はすいすいと魔法を操っていた。


 数年経っても改善しなかったある日、母が試しに2つ年下の妹に『はじめてのまほうきょうほん』を読み聞かせ、マネさせたところ、私なんかよりずっと大きな【ウォーターボール】が出てきた。






 その日を境に、周りの態度が変わった。






 両親も兄弟も使用人に至るまで家中全ての視線が、私を蔑むものに変わった。お風呂に入っていると猛毒のムカデが出た。寝ているとカサカサ音がして、明かりをつけると毒蜘蛛がいた。廊下を歩いていると通路の角からメイドが現れ、物凄い勢いで燭台が飛んで来た。


 一度など、食事に明確に毒を盛られた。


 けれどそのころには私も、徹底した自衛手段を確立していた。各種治癒ポーションや防御魔道具や暗器、それを購入するための両親の財布の在りかと金庫の番号等々……生き残るためにありとあらゆる努力をした。


 必死の悪意は家中の全方位から向けられていたけれど、あくまで事故死や病死に見せかけなければならない。明確に私を殺すと殺人罪に問われるから。だから生き延びるための活路は常にどこかにあった。


 片や、魔力を増やす努力も怠ったことはなかった。

 けれど――…


「基準値未満です。魔石となって国の糧となるか、奴隷となるかお選びください」


 15歳、選別の儀。現実は非情だった。

 何が『お選びください』だよふざけんな!


「あなたには3日の猶予が与えられます。一度ご家族と話し合って――」


「要りません」


 目の前の魔法神像――こんな半端な私を創造しておいて、さんざん苦しめた挙句、最後には屑魔石に変えようとする憎々しき悪神、諸悪の根源――の像を睨めつけ、そうして振り返る。


 そこには、父と母と兄弟たちの顔があった。


「クロエ、国のために魔石になりなさい!」


 父が、必死に、何かを言っている。


「そうすれば、お前の名誉は一生守られる! 国のために命を捧げた英雄として、魔法神様の御許に並び立つことを許されるのだ!」


 あはは、ごめんお・と・う・さ・ま。何言ってるか理解できないや。


「私は、奴隷になります」


「いやぁぁぁあぁぁぁああああああああああああ!!」


 母の絶叫が聞こえる。

 あはは、せいぜい、一緒に没落するとしようよ、いとしいいとしい家族のみんな。



    ◇  ◆  ◇  ◆



 見目が良いのが幸いしたのだろう……私は比較的高級らしい奴隷商に引き取られ、個室を与えられ、裸と変わらないような薄い下着姿を強要されたものの、食事と風呂は毎日ちゃんと提供された。


 そうして、私の買い手が決まった。

 この街一番の魔力持ちとかいう、宝石商の男だった。


 ま、奴隷落ちによって家族を没落させたことで、私の復讐は成ったんだ。後のことなんて、どうでもいい――…



    ◇  ◆  ◇  ◆



 いいわけなかった!

 なんで買われた初日にいきなり縛り上げられ口をふさがれ、無理やり処女を散らさなくてはならないのか!

 私が何かしたの魔法神!? ただ生まれてきただけじゃない!? 魔力至上主義社会なんて作るなら、全員しっかり成人できるだけの魔力を与えろよ!! 頭おかしいんじゃないの!?


 ……とはいえ、1週間もするとご主人様は私に飽きが来て、伽を命じられるのも数日に一度になった。


 先輩奴隷のデボラさんとサロメさんは私に良くしてくれた。それだけが心の支えだったね。

 デボラさんとサロメさんはふたりとも親を亡くしたとのことで、特にデボラさんは孤児院に入ることもできず、冒険者の真似事をしたり体を売ったりしてギリギリ食つなぐ毎日だったんだそうだ。そんなデボラさんだから、『まぁ足蹴にされるし伽も命じられるけど、命が保証されてるだけマシってもんだよ』という言葉には引きつり笑いをするしかなかったね。

 こう言っちゃなんだけど、下には下がいる。私だけが『世界で一番不幸な女の子』じゃないと思い知った。


 そうして数か月が過ぎ、良くも悪くも奴隷としての生活に慣れてきた頃に――


 そいつは、やって来た。

 新人奴隷、金髪碧眼の超絶美少女、アリソンちゃんが。


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