「……で、大丈夫なんだろうな、アリス?」
「大丈夫、とは?」
夜、【
「いや……『こくみんかーど』を持たない身として潜入するために、ど、ど、ど……奴隷に、なったんだろう?」
あはは、大層ご動揺なさったご様子の王子様。
「やぁでも魔力と魔法力がバカ高いおかげで、肉体労働拒否可能身分の『高級奴隷』とかいう、そんじゃそこらの一般国民より好待遇な身分なので、大丈夫ですよぉ」
「に、に、肉体労働、肉体……」
理性的に限界なご様子のフェッテン様の手が、私の胸――12歳といっても欧米人種らしくそれなりのボリュームを持った胸部装甲――に伸びる手をそっと握りしめつつ、
「……私の身も心も、フェッテン様の物ですから」
耳元でそっと囁く。
「~~~~~~~~~ッ!!」
フェッテン様、可愛いお顔を真っ赤にさせつつ、
「【アンリミテッド・リラクゼーション】! はぁっ、はぁっ、はぁっ……あっ、アリス! そなた分かってるだろう? 分かってやってるんだろう……!? い、意地が悪いにもほどがある……!」
「いやぁ今のはフェッテン様の自爆では? それにセッ――ご、ごほん!
「と、当然だ! こ、こここ婚前交渉など、そなたにとって一生ものの傷になる! だが、せめて唇だけでも――」
「ん~」
キス待ち顔をしてみる。
……ぷっつん。
フェッテン様の我慢の糸が切れた音がした。
吸われましたとも、もちろん。こっちが窒息死するかと思うくらい、物凄く吸われました。
まぁでも実際に息苦しくなる直前で唇を離すあたり、理性崩壊気味と言いつつ芯の部分では冷静なフェッテン様なのだ!
さすが! いいねしました!
◇ ◆ ◇ ◆
「なぜ朝食が未だに出てこない!」
翌朝、食堂でビジューさん激おこぷんぷん丸。
【探査】すると、厨房で先輩奴隷3名が必死になって準備している様子が伺える。
ちなみに先輩奴隷はいずれも身目麗しい女性だった。私のことも含めて、ビジューさんの趣味だろう。
「あの、やっぱり私も行ってきます」
で、私はというと、上等な服を着せられて、お誕生日席に座るビジューさんの隣に座らされている。
対岸には奥さんと思しき女性と、お子さんら――幼い男の子ひとりと女の子がひとり。歳の割に子供が幼すぎる気もするけど、成人済のお子さんが家を出ているのかもしれないし、ビジューさんの魔力が遺伝しなかった子供が魔石になってる可能性もある。まぁ奴隷身分が詮索すべきことではない。
とはいえ、この席次はなんとも……気に入られたってことなんだろうねぇ。
「いや、アリソンが行く必要はない」
「……分かりました」
そりゃ少ないMPを必死にやりくりして弱火でコトコトやってんだ。時間はかかるだろうよ。ここに4人も大容量魔力持ちがいるんだから、手伝いにくらい行かせてくれてもいいだろうに。
まぁ、魔力の少ない奴隷をいたぶるのが目的なんだろう……そういう嗜虐的な人ってのは一定数いるから。
そうしてさらに十数分後、ろくに食べさせてもらっていない様子の、やせ細った奴隷メイド3名がカートで朝食を運んできて、配膳が済むや否やの、
ドカッ! バキッ! ガスッ!
「ぎゃっ」
「うげっ」
「がはっ」
ビジューさんから奴隷3名への、男女平等腹パン!
「【エリア・エクストラ・ヒール】! ちょちょちょご主人様、何してるんですか!?」
「愚図な獣を躾けているだけだ。アリソン、こんなやつらに貴重な上級治癒魔法を使うな」
「け、獣って……いくら奴隷でも、同じ魔族じゃないですか」
「魔族ではないぞ?」
「へ? いやでも彼女たちの角――」
「こいつらは成人できなかった奴隷だ。だから魔族ではなく、ゴミだ」
「――…」
選別の儀の時にMP不足と判定され、屑魔石になるのが嫌で奴隷落ちしたのか。屑魔石になることすらできなかったから、ゴミ、と。
魔力至上主義……気に入らないなぁ。
「アリソン、朝食の後、一緒に街の宝石工房に行ってもらう。君の【アイテムボックス】をさっそく使わせてもらうぞ」
食べながらビジューさんが言ってくる。
家族と一緒の食卓を囲み、名前呼びで、『頼む』とか『させてもらう』という語尾。厨房にある残り物の屑野菜やパンくずなんかをぼそぼそ食べているメイドさん3名とはえらい待遇差だ。
「承知致しました」
◇ ◆ ◇ ◆
ビジューさんが身支度を整えている合間の目を盗んで、メイドさんたちにこっそりドラゴンステーキホットドッグを提供した。
『急いで食べて』といきなり口に突っ込まれて目を白黒させてたけど、3人とも目に涙を浮かべて喜んでくれたよ。
◇ ◆ ◇ ◆
「では行くぞ――【瞬間移動】」
しゅんっと視界が変わる。しゅん間移動だけに。ぶふふ。
目の前には、大通りに面した巨大な工房。
広域【探査】してみると、この大通りは城塞都市を南北に貫く中央通りのひとつ。ビジューさんの店舗兼住居は中央広場に面した一等地も一等地のようだね。
で、南北の街道はそのまま城塞都市を出て、北の大山脈まで続いているようだ。たぶん鉱山の集落か何かがあって、そことつながっているんだろう。
いやぁそれにしても魔王国の発展振りよ! アデスさんに聞いてはいたけれど、魔力が動力の自動車や小型飛空艇なんかが行き交う光景はまさに圧巻。
工房に入ると、仕事をしていた誰もがしゅばばばばっと立ち上がって斜め45度でビジューに頭を下げる。ひえぇ~そこまで!?
で、ここは思った通り原石を宝石に加工する工房のご様子。まぁ宝石商がやって来るんだから当然か。
「これはこれはビジュー様!」
工房の親方と思しき方がもみ手ですり寄ってきた。
「約束通り出来ているんだろうな? 大容量の【アイテムボックス】持ちを連れて来ているから、一括で受け取るぞ」
「げっ……」
親方さんの顔が引きつる。って、げっ?
「いえ、それがですね……」
顔面にびっしりと脂汗を浮かべる親方さん
「なんだ? まさか貴様、この私との契約を反故にするのか?」
「めめめ滅相もございません! ただ、ただですね、はぐれの
「違約金50万ルキだ」
「こ、工房が潰れてしまいます!」
ここでアデスさん常識講座!
魔王国の通貨単位は『ルキ』。まぁ魔王様のお名前から拝借しているそうな。
で、魔王国と王国では生活水準も文化も物の価値も全然異なるけれど、あえて、あえて無理やり通貨を比較するとすれば、1ルキ、イコール100ゼニス。
まぁ1ドル100円みたいな風に考えればいい。
つまり今、ビジューさんがふっかけてる違約金とやらは5,000万ゼニス。大企業じゃあるまいに、工房なんて吹き飛んでしまうような莫大な金額だ。
っていうか【取引契約】書を交わす時に、『ただし原石が入手できない場合はその限りではない』的な文言入れなかったの?
……あ、入れさせなかったんだなビジューさん? その、『この街一番の魔力』を持つ私に逆らっていいの? 的な圧力で。
「あの、ご主人様、発言をお許し頂けますか?」
「なんだ?」
「親方さん、原石があればいいんですよね? 何がどれだけ足りないんです?」
「……は? 奴隷風情がいきなり何を――」
親方さん、対ビジューさんとは打って変わってゴミを見る目で私を見る。
ふぉぉぉお! 魔力至上主義社会怖っ!
「いいから貴様はこいつの質問に答えろ」
「は、ははっ」
ビジューさんの援護射撃に、親方さんが直立不動。
「透明なダイヤモンドの原石で10カラット以上のものがあと24個」
「【ダイヤモンド・ボール】!」
ずももももももも……
私の手のひらから生まれる、500カラット級の真っ透明なダイヤモンド。ボールと言いつつ正方形。
「「「「「えっ!?」」」」」
「これなら10カラットのを40個くらい取り出せるでしょう……って、何を驚いているんですか?」
「あ、あ、あ、アリソン……」
一緒になって驚いてた『この街一番の魔力』持ちのビジューさん。
「君は宝石の原石が出せるのか!?」
「はい。ほら! 【プラチナ・ボール】【ゴールド・ボール】【シルバー・ボール】【ブロンズ・ボール】【エメラルド・ボール】【ルビー・ボール】」
金銀財宝でできた巨大なサイコロを、【テレキネシス】で空中にクルクルと踊らせる。
「あふぅ」
「ぶくぶくぶく……」
そこかしこで、職人さんたちが泡を吹いて倒れる。
かくいうビジューさんはというと、
「……た、立ったまま気絶している……」
あはは、立ったまま白目剥いてた。