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獅子戦

「不思議だ。確かに動いている」

 エジプトの古代遺跡を研究している多部たべ教授は頭をかしげた。

「でしょう」助手の宮永みやながエミリがモニターを食い入るように見ている。「地殻変動でも起きているのでしょうか?」

 古代エジプトのスフィンクスが、ほんの僅かだが少しずつ動き始めていたのだ。


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「うんじゅあんた(ちょっとあなた)。うちぬシーサーがうらんぬ(うちのシーサーがいないのよ)」

 家に駆け込んできたおばあさんが、居間でお茶を飲んでいたおじいさんに言った。

「ぬーんちなんで(なんでまた)。たーがなんかい盗まったるぬがやー(だれかにむすまれたのかな)」

「うりがびっくり(それがびっくり)。やーてーんやあらんぬさぁ(うちだけじゃないのよ)、う向かいぬやーん(おむかいの家も)、またうぬとぅないぬやーん(またそのとなりの家も)、シーサーぬうぅらんぬさあ(シーサーがいないのよ)」

 その日、沖縄全土のシーサーが忽然こつぜんとして姿を消してしまったという。

 消えたのはシーサーだけではない。日本全国の神社の狛犬こまいぬも一夜にして姿を消してしまったのだった。


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 第3次世界大戦が始まろうとしていた。核弾頭保有国の権力者たちが、いまにも核爆弾の発射スイッチを入れようとしていたのである。

「大統領、本当によろしいのでしょうか」

「やむを得まい。こうするより他に、我が国の未来を切り開く方法がないのだから・・・・・・」

 発射スイッチの安全ロックが外された。そして今まさに、“死のボタン”が押されようとしている。この戦いは、きっと『大惨事・・・世界大戦』と歴史に刻まれることになるだろう。大統領の脳裏にふと、そんな妄想が浮かびあがった。

「おやめください大統領!」

 脇にいたレーダー員が大声をあげた。「発射口の前になにかがいます。このまま発射したら、我が国の射出口で核が爆発してしまいます!」

「なんだと!」

 モニターに発射口が映し出された。そこには、翼を広げたスフィンクスの雄大な姿が映し出されていた。

 ほかの核保有国の権力者たちも同じ状況だった。すべての核爆弾の発射口に、獅子の置物たちがまるで邪魔をするかのように座り込んでいたのである。


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「沖縄からの知らせでわかったよ」多部教授は言った。「シーサーたちは核を放棄しなければ、世界が破滅することを教えてくれているのだ」

「スフィンクスもですか?」エミリが言う。

「シーサーと狛犬はもともとスフィンクスをもとに作られたと言われているからね」

「シーサーが教えてくれたのですね」

「シーサーだけに、人類の滅亡を示唆しさ(それとなく教える)してくれたのだろう」


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 20××年4月3日、ついに世界は核を永久に手放す調停書にサインをした。

 日本将棋連盟はこれを記念して、各陣の角と飛車を抜いて、玉頭ぎょくとうにどこにでも万能に動けるシーサーという駒を据える新しいスタイルのタイトル戦をはじめたという。

 それは『獅子シーサー戦』と名づけられた・・・・・・という夢の中の話である。

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