その装置は、スぺランサーの度肝を抜いた。
「音楽シーンに新風を吹き込むのがわたしの仕事だ」と、常々プロデューサーのスぺランサーは、周囲の人々に公言してやまなかった。
ところが彼の悩みはここ数年、スーパー・スターがまったく現れないことだった。
「この装置はなんだと思う?」
天才博士と名高いトミー・バーマーが自信満々で紹介したのは、直径10メートルはあろうかと思われる機械の
「いや、まったく分からんね。なんだいこれは?」
5メートルほど上部にあるシリンダーには、真空管のような物が何本も配置されて突き出ていた。
「いいかい」トミーは言った。「かのモーツァルトの作曲した楽譜には、手直しされた箇所がひとつもなかったことは知っているだろう?」
「ああ、聞いたことがある。彼は天才だからな」
「いや、それはモーツァルトが天才だからというだけではなく、すでに出来上がった楽譜を、彼がどこからか受け取っていたと考えるべきなのだ」
「受け取っていただって。いったい誰から?」
「異次元の世界からだ。モーツァルトのような天才は、脳にその受信機のようなものが備わっていたのだ。ポール・マッカートニーやスティービー・ワンダーなんかも、きっとその
「そんなことがあるものか。馬鹿げている」
スぺランサーは呆れて帰ろうとする。
「じゃあこの楽譜を見てみろよ」
スぺランサーはトミーから渡された譜面に目を落とした。
「これは・・・・・・」
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それからというもの、世界の音楽シーンは一変した。次々と過去の有名アーティストの新曲が発表され始めたのである。
シューベルトの未完成交響曲の完成版。
ベートーヴェンの交響曲第10番。
バッハ、モーツァルト、マーラー、ワーグナーの新曲の数々。
解散したビートルズの新曲はもちろんのこと、チャック・ベリー、レイ・チャールズ、ジョン・デンバー、ボブ・マリーなどの未発表曲が次々とAI音声でレコーディングされた。
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その日スぺランサーは、震える手で巨大な斧を振りあげて、トミーの作りだした装置に向かって振り下ろした。機械は火花と共に不気味な金属音を立てた。彼は斧をまるで
彼がどうしてこんなことをしたのかといえば、この装置のおかげで将来有望視されていた新しいアーティストたちの未来が完全に暗黒の闇に閉ざされてしまったからだった。
駆けつけた警察官に取り押さえられたスぺランサーは、ズルズルと引きずられながらこう叫んだという。
「さらば古き良き音楽。こんにちは、聴いたこともない新しい音楽たち!」