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鉄道オタク分別めがね

「クハ79だ」と博士は言った。

 わたしは思わず博士を二度見してしまった。

「え?9掛ける8は72じゃないんですか?」

「かけ算の話ではない。あの鉄道模型の車輌に印字されている記号。あれは国鉄(日本国有鉄道)クハ79形電車なのだよ」

「ああ、車輌の話ですか」

 わたしは今、鉄道博物館の取材に来て、児玉光こだまひかり博士に取材をしていた。

「クとは運転台、ハはグリーン車ではない普通車。つまりクハとは運転台を備えた普通車という意味ですよ」

「はあ」

「ちなみに“モハ”はモーターを搭載した普通車。“サハ”はモーターも運転台もない、ただ引っ張られるだけの普通車の意味です」

 おっと、いきなりもの凄いオタク話。ついて行けるだろうか・・・・・・。

「あの・・・博士はこの度、県警と連携して『鉄オタ分別めがね』を開発されたとお伺いしましたが」

「おお。よく知ってるね」

「それはいったいどういう機械なのでしょうか?」

「呼んで字のごとくだよ」

「・・・・・・と言いますと?」

「ひと口に鉄道オタクと言っても、実際には相当な種類に分別されるのだ」

「そうなのですか。よくテレビでは電車の写真を撮影している風景が見られますが」

「それは“てつ”だな」

「ほかにはどのような鉄道オタクがいらっしゃるのでしょうか?」

「“音鉄おとてつ”」

「“音鉄”ですか。どういうものでしょう?」

「駅のチャイムとか音楽を録音して楽しむひと達のことだが、かの有名な交響曲『新世界』を作曲したドヴォルザークも有名な音鉄と言われている。彼は筋金入りの音鉄だったそうで、新世界の第3楽章と第4楽章のリズムは機関車の音から来ているのだそうだ」

「ドヴォルザークの新世界ですか。今度ゆっくり聴いてみます」

「彼がチェコからアメリカに渡って、ニューヨーク・ナショナル音楽院の院長の就任を快諾したのはなぜだと思う?」

「鉄道と関係あるのですか?」

「アメリカ大陸鉄道に乗ってみたかったからなんだと」

「なるほど。撮り鉄、音鉄のほかにはどんなものがあるのでしょうか?」

「いいかね、たくさんあるからよく聞きなさい。とにかく電車に乗ることが大好きな“乗り鉄”。車輌に異常な関心を持つ“車輌鉄”。鉄道模型をこよなく愛する“模型鉄”。時刻表を愛読書にしている“時刻表鉄”。駅の名前や由来を覚えて楽しむ“駅鉄”。レールや枕木の撮影に特化した“路線鉄”」

「あの・・・・・・」

「踏切や信号、切り替えポイントなどの装置に興味を持つ“保安鉄”。鉄道の歴史にやたらと詳しい“歴史鉄”。駅弁とその包装紙を収集する“駅弁鉄”。鉄道会社を調べ上げて、さらにその株を購入したりする“会社鉄”。鉄道法規の研究家“法規鉄”」

「す、すみません・・・・・・」

「まだまだあるぞ。地図に架空の路線を書いてたのしむ“架空鉄”。電車でGOなどのゲームを楽しむ“ゲーム鉄”。廃線大好き“廃線鉄”。ラストランの電車に乗ったり、その切符を保管する“廃止鉄”。蒸気機関車をこよなく愛する“SL鉄”」

「まだあるんですか」

「これで終わりかとおもったら大間違いだ。おとな顔負けのこどもの“チビ鉄”。チビ鉄の影響を受けてはまってしまった“ママ鉄”。鉄道好きで鉄道関連会社で働く“アルバイト鉄”。鉄道を愛するあまり、とうとう鉄道会社に就職してしまった“プロ鉄”。趣味が昂じて電車の写真集などで生計を立てているのが“ガチ鉄”」

「児玉博士すみません。あまりの種類の多さにちょっとついて行けないのですが」

「そうか。でも最後にもうひとつあるぞ」

「ええ!まだあるんですか?」


 そのとき表玄関に車が停まり、数人の警察官がバラバラと降りてきた。彼らは一様にアイマスクのような装置をつけている。

「おお、ちょうどいい所に来た。あのアイマスクのような物が『鉄オタ分別めがね』だ」

「児玉博士。鉄道警察隊です。誠に申し上げにくいのですが、あなたを一定期間拘束こうそくすることになりました。署までご同行願えますか」

「どういうことだ?」

「このマシーンがあなたを分別したのです。常習的にマナーを守らず、周囲の人に迷惑をかけている疑いがあります」

 わたしはマイクを持つ手を伸ばした。

「博士、お取り込み中にすみません!もうひとつというのは?」

「“クズ鉄”だよ!」

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