「またバグですか」
プログラマーの結城はSE(システムエンジニア)の笹木に訊ねた。
「どうやらそのようですね。クライアントがお怒りです」
笹木はメガネを押し上げて結城のパソコンの画面をのぞき込む。
「バグって虫っていう意味ですよね。どうしてバグっていうんですか」営業の三田みたが割り込んできた。「エラーとどう違うんですか」
笹木が三田に目を移す。
「エラーというのは故障防止のための砦とりで、車のエアバッグみたいなものだ。バグはその故障を誘発する要因」
「余計わかりませんが」
三田はお手上げというように肩をすくめた。
「ま、とにかく結城くん。今日中に修正を頼むよ」と言って笹木が部屋を出て行く。
「仕様書をコロコロ換えるのが悪いんだよ。今日中ってことは、今夜11時59分59秒までってことだな」結城がため息をつく。
「先輩。この会社って定時ってないですね」
新人の宮崎が訊いてくる。
「あるわけないだろ。定時に上がるやつは逃亡者とみなされるから気をつけろ」
「そういえば、昔のインベーダーゲームの“名古屋撃ち”ってバグだったそうじゃないですか。ぼくはプログラマーがわざと裏技をプログラムしたのかと思っていましたよ」
「ああ、そういうのもあったな。残り一列で侵略されるという土壇場になると、敵の攻撃が無効になるっていうバグだろ」
「どうして“名古屋撃ち”っていうんですか」
「名古屋で発見されたっていう説と、あと一列で“終わり”と“尾張名古屋”をかけたって説がある」
「へえ。クライアントさん、少しぐらいのバグなら許してくれればいいのに」
「ばか言え。さあみんな、仕事にとりかかるぞ」
こうして、このフロアのプログラマーは夜戦さながらの地獄に突入して行くのであった。人々は無口になり、そして独りごとを言うようになる。それがさらに続くと急に陽気になる者があらわれ始める。
そして、ひとりが倒れると、それにつられて次々と戦死者が出るのだ。朝はすぐそこに来ていた。
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当時からすると、めまぐるしく技術は進歩していた。
AIの出現により、クライアントがどんな難題を持ちかけても、AIが設計仕様書を書きあげてくれた。その仕様書に基づき、やはりAIが瞬時にしてプログラムを書き上げるのだ。
もちろんどんなバグだってAIが夜通しで処理してくれる。プログラマーはAIにお願いして、定時に退社できるのだ。
「今日もたのんだよ、AIくん」
結城はプログラムを設定して帰宅しようとした。するとパソコンのモニターになにやらプログラム言語が表示された。
結城は一応翻訳を試みてみた。
“こんなこと毎回できるわけねえだろ。この逃亡者!”