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バグ

「またバグですか」

 プログラマーの結城はSE(システムエンジニア)の笹木に訊ねた。

「どうやらそのようですね。クライアントがお怒りです」

 笹木はメガネを押し上げて結城のパソコンの画面をのぞき込む。

「バグって虫っていう意味ですよね。どうしてバグっていうんですか」営業の三田みたが割り込んできた。「エラーとどう違うんですか」

 笹木が三田に目を移す。

「エラーというのは故障防止のための砦とりで、車のエアバッグみたいなものだ。バグはその故障を誘発する要因」

「余計わかりませんが」

 三田はお手上げというように肩をすくめた。

「ま、とにかく結城くん。今日中に修正を頼むよ」と言って笹木が部屋を出て行く。

「仕様書をコロコロ換えるのが悪いんだよ。今日中ってことは、今夜11時59分59秒までってことだな」結城がため息をつく。

「先輩。この会社って定時ってないですね」

 新人の宮崎が訊いてくる。

「あるわけないだろ。定時に上がるやつは逃亡者とみなされるから気をつけろ」

「そういえば、昔のインベーダーゲームの“名古屋撃ち”ってバグだったそうじゃないですか。ぼくはプログラマーがわざと裏技をプログラムしたのかと思っていましたよ」

「ああ、そういうのもあったな。残り一列で侵略されるという土壇場になると、敵の攻撃が無効になるっていうバグだろ」

「どうして“名古屋撃ち”っていうんですか」

「名古屋で発見されたっていう説と、あと一列で“終わり”と“尾張名古屋”をかけたって説がある」

「へえ。クライアントさん、少しぐらいのバグなら許してくれればいいのに」

「ばか言え。さあみんな、仕事にとりかかるぞ」

 こうして、このフロアのプログラマーは夜戦さながらの地獄に突入して行くのであった。人々は無口になり、そして独りごとを言うようになる。それがさらに続くと急に陽気になる者があらわれ始める。

 そして、ひとりが倒れると、それにつられて次々と戦死者が出るのだ。朝はすぐそこに来ていた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 当時からすると、めまぐるしく技術は進歩していた。

 AIの出現により、クライアントがどんな難題を持ちかけても、AIが設計仕様書を書きあげてくれた。その仕様書に基づき、やはりAIが瞬時にしてプログラムを書き上げるのだ。

 もちろんどんなバグだってAIが夜通しで処理してくれる。プログラマーはAIにお願いして、定時に退社できるのだ。

「今日もたのんだよ、AIくん」

 結城はプログラムを設定して帰宅しようとした。するとパソコンのモニターになにやらプログラム言語が表示された。

 結城は一応翻訳を試みてみた。

“こんなこと毎回できるわけねえだろ。この逃亡者!”

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