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ふたつめの月

「ここからだと、宇宙が間近にみられますね」

 と、丸い金魚鉢のようなものを頭からすっぽりかぶった男が言った。

「まるで月に手が届くようだ」

 人類が日に日に空が低くなっていることに気がついたときにはもう手遅れだった。

 放蕩ほうとうともいえる堕落した世界は、空気の密度を極端に奪って行った。そのせいでオゾン層は収縮し、今や富士山の頂上に登るには宇宙服の着用が義務づけられていたのだ。空が低い分、紫外線の放射はより強くなり皮膚がんの発生が深刻な状況となった。

 科学がまだそこまで進歩していない人類にとって、地球外の星に逃げるという選択はなかった。

「そうだ。地下に逃げよう」

 そう考えたのは地質学者の大嶽正おおたけまさしだった。彼は「地球の内部には空洞があり、もうひと回り小さな地球が隠されている」という学説を説いていたのだ。

 そしてその入り口を中東で発見したのである。


 大嶽は探検隊を連れて地下の奥深くへ入って行った。そこには驚くべき世界が広がっていたのだ。

「だれだ!」

 誰もいないはずの地中から声がかかった。みな驚いて声の方を見る。100人はいるだろうか。大群の影がこちらを見つめていた。

「そうか・・・・・・やはり地下帝国は存在したのだな」

 大嶽は懐中電灯をその群衆に向けた。

「何しに来た?」

 リーダー格らしい体格のいい人影が動いた。

「その光を消してくれないか。まぶしくてかなわん。それから火は絶対に使うなよ」

 大嶽は懐中電灯の灯りを消した。薄暗い洞窟の中だが、仄かに光源があるようだ。

「わたしたちは地上世界からやって来た者だ。君たちに危害を加えるつもりはない」

「目的はなんだ」

 リーダー格の男が口を開いた。

「地上はもはや住む環境ではなくなってしまった。人類を地下に潜らせてもらいたい」

 男は笑った。「地下にそんなスペースがあるものか」

「調査は済んでいる」

 大嶽は男に近寄って行った。

「われわれは長年地下に埋蔵されていた資源をくみ上げて来た。そのせいで、地下資源は底を尽き広大な空間ができているはずだ。違うか」

「そうか。そこまで分かっているのだな。たしかにお前たちのおかげで地下に眠っていた資源は枯渇してしまった」

 男は虎のように光る眼で大嶽を見た。

「それで。お前たちを受け入れるおれたちに、いったいどんなメリットがあるのか教えてもらおうか」

「われわれとて、武力で対決するつもりなど最初からない」

 大嶽は微笑む。「地上で流行った娯楽施設を地下世界に持ち込む用意がある」

「ディズニーランドやユニバーサルスタジオのことか!」

 地底人たちからどよめきが起きる。

「その通りだ。政府は先住民たちには永久無料パスを発行する予定だ」

「その話、ほんとうなのか」

 男が後ろの地底人たちを顧みる。仲間はみな一様に大きく頷いた。

「よしわかった。その話、受けようではないか」

 男と大嶽はにじり寄った。大嶽が右手を差し出した。男も握手を交わそうと、右の大きな掌を差し出した。大嶽の手と男の手が重なったとき、閃光が瞬いた。静電気が起きたのである。

 次の瞬間、たっぷり石油が染みこんだ地下空間は大音響とともに爆発した。

 地球はクレーターだらけの一回り小さな惑星と化した。それはどこからどう見ても、ふたつめの月にしか見えなかった。

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