「これはひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な躍進だ」
アポロ11号の船長ルイ・アームストロングの発した言葉である。
1969年(昭和44年)のその日、世界中の人々がテレビに釘づけになっていた。そこには月面を歩く宇宙服の人間が映し出されていた。
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「アポロって本当に月に行ってたのかしら?」
恋人の沢子が雑誌から顔を上げてぼくに訊いた。
「どういうこと?」
ぼくは飲みかけのコーヒーを皿に戻した。
「だって、あれから何十年も経っているのよ。庶民の月面旅行が流行っていたっておかしくないわ。そう思わない?」
「なるほどね。たしかにアメリカ人でも月面着陸はフェイクだったんじゃないかと言っている人がいるよね」
「そうなの?」
「空気がないのに国旗がはためくのはおかしいとか、影の伸びる方向が一定じゃないのはスタジオのライトのせいではないかとか」
「あら。やっぱり嘘だったんだ」
「あげくの果てには、テレビの画面に一瞬コーラの瓶が落ちていたところが写っていたなんて証言があったりして」
「あきれた。もしそれが本当なら世界中の人が完全にだまされていたのね」
「そう、あの映像は確かにスタジオで録画されたのもだったんだ。そしてそれを流している間、乗組員たちは月面で秘密任務を遂行していたという話がある。でもよく考えてごらんよ」ぼくはメガネを掛けなおして言った。「仮にあれがフェイクだったとして、きみならいくらもらったら秘密を守れる?」
「うーん、そうねえ・・・・・・。1万ドルぐらいもらったら守れるかも」
「NASAに何人の職員が働いていると思う。臨時社員もいれたら17万人だよ」
「そんなにいるの」
「そうだよ。しかもいくらお金を積んだからと言って、人の口に戸は立てられないものさ」
「たしかにその通りね。じゃあ人類が月に行ったのはやっぱり本当だったんだ」
「フェイクだったとしたら、考えられることはひとつしかないね」
「なあに?」
「アポロが月に着陸する22年前に起きた事件さ」
「なにがあったの」
「メキシコのロズウェルにUFOが墜落した。それをアメリカ軍が回収したっていう話し」
「あれは気象観測用の気球だったって訂正されたじゃない」
「それこそフェイクだ。あのUFOには生き残りのエイリアンがいたそうなんだ」
「さっきから、なにが言いたいの」
「高度に発達した彼ら宇宙人ならば、17万人のNASAの職員の記憶を書き換えるなんて、いとも簡単にできるんじゃないかってことさ」
「まあ。いくらなんでも、それは飛躍し過ぎじゃない?」
「ましてや、ぼくらは自分自身を人類だと思い込んでいるが、もしかしたら彼らに暗示をかけられているだけなのかもしれない」
「ちょっと」
「きみのその目、前からそんなに黒くて大きかったっけ?それにその小さな口、穴の空いた鼻」
「なに言ってるのよ」
「そして、この小説を読んでいるあなただってすでに・・・・・・」