「これがわたしの開発した『重力スイッチ』だ」
「意外ですね。こんなキーホルダーみたいな機械なのに・・・・・・。これはどういう仕組みなのですか?」
新聞記者が博士の偉業を聞きつけて、取材をしに来ていたのだ。
「原理は簡単には説明できないがね、要するに重力をコントロールする装置だよ」
「重力ってあの“G”というやつですよね」
「そう。もしもきみがビルの屋上から飛び降りたとしたら、どのぐらいの時間で地面に着地すると思うかね」
「さあ」
「1秒間に増す速度を加速度という。毎秒9.8メートルの加速度がつくんだ。だから100メートルのビルの屋上から落ちた場合、空気抵抗を考えなければ約3.2秒で地面に激突することになるんだ」
「ゾッとしますね」
「この9.8メートルの加速度を地球の単位で、わかりやすく1Gとしているんだよ」
「なるほど。よくわかりました。それでその重力スイッチを作動させるとどうなるのですか?」
「このボタン押した瞬間にGがゼロになるのさ」
「つまり無重力になるということですね」
「わたしはこれを、高所で働いているひとや、登山者のベルトのバックルに装備させようと思っているんだ」
「落下した瞬間に使えば身体が宙に浮かんで助かるっていうわけですね」
「その通り。でもこれを起動させると、今のところまだ地球全体に影響が出てしまう。ちょっと実験してみようか」
「だいじょうぶなんですか?」
「この研究室の壁は特殊な金属コーティングがしてあるから、外の世界に影響をおよぼすことはまずないんだ」
博士がスイッチを押す。すると重力スイッチから、けたたましい音が鳴り響いた。轟博士が焦って顔を上げた。
「いかん!娘が防犯ブザーと間違えて持って行ってしまったらしい」
「え?!」
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「よう姉ちゃん。俺たちとつきあってくれよぉ」
帰宅途中の裏路地で、美紗子は不良学生に囲まれていた。
「やめてください。あなた達、まだ高校生でしょ」
「いいじゃねえかよお。減るもんじゃなし」
「人を呼びますよ」
「だれも来やしねえよ。ちゃんと見張りもつけてあるしさ」
男子学生が美紗子の肩に手をかける。顎に手を当てて無理やり美紗子の顔を上げさせた。
「前からお姉さんのこと気になってたんだ。綺麗な顔だよね。ゾクゾクするよ」
その時、美紗子は防犯ブザーのスイッチを押した。あれ、どうして。音が出ない。電池切れ?美紗子がそう思ったとき、なぜか全身がフワフワと浮遊感に襲われた。
「いや!やめて」
美紗子が男を突き放したとたん、美紗子の身体は空中高く舞い上がっていた。
「なに?」
しかも舞い上がったのは不良高校生たちも同じだった。人間だけではない。自動車やバスや、遠くに見える電車も空中にぷかぷかと浮いている。目の前の出来事が信じられなかった。美紗子は空中を泳いで逃げ出す。
「そんなばかな」
学生たちがもがいている。推進力がないから、そんなに速くは泳げないようだ。
空気が希薄になってくる。どんどん上昇して行くと、はるか遠くに海が見えた。海は大きく隆起して、東京ドームを丸く膨らました巨大なボールのように見えた。
「どうなってるんだよ!」
高校生たちは悲鳴を上げている。
「知らないわよ」
大地が固い音を立てて割れ始めた。地球がバラバラに分解されて行くのがわかった。大地の裂けめから、真っ赤に燃えるマグマが見えた。
「あんた達のせいだからね。この非行少年が!」
美紗子は空中をただよいながら少年たちをにらみつけた。
「そう言うお姉さんだって飛んでるじゃん!」