「これが『この世の終わりに食べたい究極の逸品探索モービル』なのです」と下北沢博士は自信満々に紹介した。
やたらに長い名前の正体は、一見フルカウルの大型スクーターに見えた。
「へえ。これはどういう機械なんです?」
山岡記者は、手帳にメモを取りながら下北沢博士に訊いた。
「そうですね。例えばわたしのご先祖様がイエス・キリストだったとしましょう」
「そんな例えでいいんですか?」
「まあ、この際だから適当でいいんじゃないですか」
(軽いなぁ。この博士)
「これにまたがり、ここにルーレットみたいなのがありますよね」
博士はハンドルの真ん中、通常はスピードメーターのある場所を指さした。
「これを思いっきり回すのです。するとキリストの取って置きのご馳走にありつけるという仕組みなんですよ」
「キリストのご馳走って何ですか?」
「それは行ってみないとわかりません。たぶんパンと魚と赤ワインぐらいだと思いますが」
「最後の晩餐のメニューですか」
「それでは、百聞は一見にしかずと言います。山岡さん、乗ってみませんか?」
「面白そうですけど・・・・・・まさか、危険なことありませんよね」
「ないない」下北沢博士は笑いながら手を振るのであった。
あながちこういう時が一番あぶないのである。
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結局わたしはモルモット・・・・・・いや実験台にさせられてしまった。
「それではいいですか。山岡くんの住所、氏名、生年月日を入力してと・・・・・・。はい準備完了。ルーレットを回して、スロットを全開にして」
「・・・・・・こうですか」
わたしは言われた通りにした。すると目の前の景色が後ろに飛び、闇の中を光速で走り出すような感覚に見舞われた。
「博士。これ本当にだいじょうぶ・・・・・・」と言い終わる前に、周囲の光景が一変していた。
わたしは乗り物から降りて、あたりを見回した。時代としては明治のようである。広い庭園に大勢の人達が整然と並んでいた。和装と洋装が入り混じっている。桜が咲いているので、季節は春なのであろう。
「ここはどこですか?」
わたしは近くを通りかかった貴族のような紳士に尋ねてみた。
「水戸藩の下屋敷庭園のお花見会場ですが。あなたはどちら様」
「山岡といいます」
「ああ、鉄舟様のご親族の方ですか」
「え、山岡鉄舟が来ているのですか」
「なにをおっしゃっているんですか。あそこにおられる方が鉄舟様です」そう言うと紳士は近くの群衆の方を指さした。
なんということだ。わたしのご先祖様が目の前に・・・・・・。
将軍のような恰好をした山岡鉄舟がその巨体を小さくして、いま将校のような威厳のある人物になにかを差し出しているところであった。その将校のような人物が差し出されたものを口に入れると、驚いたような顔をした。
「鉄舟!これはうまいぞ。これを宮内御用達くないごようたしといたせ」
これは特ダネだ。わたしは思わずカメラを構えてシャッターをきった。「カシャ」
その音に鉄舟が反応した。
「何者だ!」
鉄舟が、わたしに近づいてきた。
「いえ、わたしは記者です。ちょっと写真を」
「陛下は写真に収まるのを好まぬ。記者なら知っておろうが」
四方八方から槍を携えた衛兵がなだれ込んできた。
「曲者だ!出合え!」
わたしはすぐさま“この世の終わりに食べたい究極の逸品探索モービル”に・・・・・・舌を咬みそうだ。飛び乗った。そして旋回しながら衛兵たちをのけ反らせ、突破口を作って脱出を試みた。
しばらく走ってから後ろを振り向いて驚いた。なんと後部座席に山岡鉄舟が乗っていたのである。
「お前何者だ」鉄舟がニヤニヤ笑っている。
「山岡哲也です」
「山岡?なんか親近感が湧いてきた。どうだ、ちょっと家に寄って行け」
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「腹がすいたろう。遠慮なく食べろ」
丸いちゃぶ台の上に、あんぱんが置かれていた。
「おれはこの木村屋のあんぱんが大好物でな。きょう明治天皇にも献上して差しあげたのよ」
鉄舟はそう言うと、豪快に笑うのであった。
これがこの世の終わりに食べたい究極の逸品か・・・・・・確かに美味しいには美味しいけど。
「あの、鉄舟さん。牛乳はありませんかね」