「いいですか、このホルモン注射はですね・・・・・・」
出生率が低下し続ける昨今、政府は養子縁組を推進する法案を成立させた。その薬を養子になる子の瞳に注射することにより、親子の絆がより強く結ばれるのである。
「初めて見たものを親と判断する、動物の習性を利用した新薬なのですよ。
その代わり、その効果は一度きり。やり直しは効かないですからね、注意が必要ですよ」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
今、富士山登頂2,230回という前人未踏の大記録を打ち立てた、ある老登山家にマイクが向けられていた。
「あなたはなぜそんなに富士山にこだわるのですか」
老人はしばらくうつむいて考えていた。
「・・・・・・わからないんです。でも、なぜか惹かれてしまうのですよ。それだけです・・・」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「おい、早くしないか!」
亭主が家内をたしなめる。ようやく母になる女が、化粧室からそそくさと現れる。
「何をやっていたのだ。先生がお待ちかねだよ」
「だって、初めて赤ちゃんと対面するんだもの、綺麗にして見せたいわ」
女は医者に促されるまま、微笑みながらも、こわごわとベビーベッドに近づいていった。
・・・・・・赤ちゃんはうっすらと瞳を開いた。そこには大きく開いた、富士額(ふじびたい)がしっかりと映っていた。