「ゆっくり引き上げてくれ」
地質学者が、目深まぶかに安全ヘルメットを被っている現場監督に向かって声をかけた。クレーンにつながれ、泥をかぶった玉子型の物体が地中からその姿を現す。
「いったい何なのでしょうね」現場監督は地質学者に振り向いて尋ねた。
「古代生物の卵か、あるいは・・・・・・」地質学者はそれが何であるのかを見定めようと、じっと物体を見つめていた。
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わたしは分厚い扉を押し開けた。
「この最新の防災シェルターさえあれば、いざという時でも安心だ」
「あなた、こんなに高い買い物をして・・・・・・ほんとうに災害なんて来るのかしら」
妻の孝子は怪訝な顔をしてシェルターの中をのぞき込んだ。
「わりと快適そうじゃない」とひとり娘のヒカルが明るく声をあげる。「パパ、漫画も備えておいてよ」
「ああ。でも極力無駄なものは置かないようにしよう。限られたスペースなんだからね」
わたしは簡易ソファーに座ってクリーム色の天井や壁を眺めた。
「なにかあったらこのシェルターに避難すればいいのね」
妻も壁や簡易窓の手触りを確かめている。
「そうだよ。地震、火災、津波、土石流、竜巻、台風、水害、豪雪、火山の噴火、核爆発による放射能汚染からだって身を守れるという話だ」
「パパ。あれは何?」娘が横たわった棺桶のような3つの箱を指さした。
「冷凍カプセルさ」
「なにを凍らせるの?」
「ここには10日分の食糧と水、それにトイレとシャワー、排泄物処理システムが備わっている。でも核による放射能汚染が起きた場合、いつになったら外に出られるかわからないだろう」
「それはそうよね」と妻が振り返った。「そうなったらシェルターに隠れていても意味がないわ」
「そこでだ」わたしは冷凍カプセルを指さした。「家族三人とも、この冷凍カプセルで冬眠をするんだ」
「それでいつ起きるの」娘が訊いた。
「外のセンサーが安全を認知すると、自動的にスイッチが切れる仕組みなんだ」
「便利な機能ねえ。でも動力は無限じゃないのでしょう」妻が言う。
「ソーラーパネルで電力を補うから無制限に使えるはずだ。備えあれば憂いなしとはこのことだな」
わたしたち家族は安心して、高らかに笑い合ったのだった。核の爆発が起きるまでは・・・・・・。
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「おい孝子」
わたしは妻をゆり起こした。
「・・・・・・あら、もうだいじょうぶなの」
「ああ。スイッチが自動解除になったからな」
「パパ、ママ。おはよう」
娘のヒカルもあくびをしながら起き上がった。
「外はどうなってるのかしら」
妻が窓から外を眺めた。
ぐらりと筐体が揺れて、その拍子に扉が開いた。外から眩しい光が差し込んで来る。
「おい何かいるぞ!」
どこからか人の声が聞こえた。
「驚いたな・・・・・・初めてだ。化石でしか見たことがなかったのに・・・・・・まさか生きた人間が見れるなんてね」
「これは歴史的な大発見になるぞ」
わたしたちは恐る恐る外に顔を出した。どよめきが起こった。
「やあ驚きだ。怖がらなくていいからね。きみたちは生きた標本だ。これから仲よくしよう」
外にいたのは、もはや人間たちではなかった。爬虫類の顔をした生物が、わたしたちを興味深げに見つめているのだった。