「きみはなにやら“夢芝居ステーション”というものを開発したそうじゃないか」
そう尋ねたのは、古くからの悪友で、斎藤という男である。
「小椋なにがしが作った、新曲のことかい」
わたしはあえて“梅沢なにがし”とは言わずに返してやった。
「それは流行歌じゃないか。おれが言っているのは、おまえが開発中の“夢芝居ステーション”のことだ」
斎藤はいいやつなのだが、実業家で大金持ち。時々鼻もちならないところがある。親友のわたしにも金に物をいわせて、何かと押し切ろうとするところがあるのだ。
「実は一生に一度でいいから、初夢で縁起がいい“1富士2鷹3茄子なすび”を見てみたいと思っていたのだ。なんでも、希望の夢を見させてくれる装置だっていうじゃないか」
「だめだめ。あれはまだ試作中だよ」
「開発費が必要なんだろ。これでどうだ」
斎藤は相撲取りの平手のように、分厚い手の平をめいっぱい突き出した。
「5百万か、まあまあだな」
「アホか。50万だ。足もとを見るな!」
「仕方ない。じゃ、開発モニターということで手を打つか」
・・・・・・それが悲劇の始まりだった。
その夜、斎藤はわたしの研究室にいた。頭にすっぽりとヘッドギア型装置“夢芝居ステーション”の試作機を装着して眠りに就こうとしていた。
プログラムには『1富士2鷹3茄子』と入力する。
夢の内容はモニター室でも観ることができるようになっている。しばらくして画面に、斎藤が病院のベッドに横たわっている姿が映った。
斎藤は青白い顔をして、枯れ枝のように痩せ細っていた。口には透明の酸素マスクを装着されており、手足には点滴や色とりどりのチューブが機械に繋がれている状態である。モニターはしばらく霧がかかったような状態であったが、次第に靄が晴れてくるのが見て取れた。機械が作動し始めたのだ。
靄の奥から骸骨のような、気味の悪い顔の看護婦が、風にたなびくカーテンのようにゆらゆらと揺れながら現れた。看護婦の手には、銀色に光るフォークのような物が握られていた。彼女はそれをやをら振りあげるや、斎藤の顔面に向かって、力まかせに振り降ろしたのだった。
斎藤は「ぎゃ!」と悲鳴をあげて飛び退いた。点滴がはずれ、床で割れた。フォークの切っ先が、枕をまるでくす玉でも突き刺したかのように、盛大に綿を巻き上げていた。
斎藤は手足のチューブを引きちぎり、パジャマのまま転がるように廊下に逃れた。それを陰鬱で無表情な看護婦が、フォークを振りかざして追ってくる。
「待ちなよ!あなたはもう不治の病に侵されているの。このフォークであの世に送ってあげるからさ!」
地獄から湧き出てくるようなしわがれた声であった。看護婦が山姥(やまんば)のごとく追いすがってくるのがわかる。病気で体力のない斎藤は、糸のからみついたマリオネットのようにバランスを崩しながらも必死に走った。それでも最後には看護婦に首根っこをつかまれる。
「待てというのに」
冷たく光るヤリのような切っ先が、斎藤の眼前にせまる。・・・・・・と、そこで夢が覚めた。
血相を変えた斎藤が隣の部屋から飛び出して来た。
「なんだよこれは!」
「だから言ったじゃないか。まだ試作機だって。でも、ちゃんと不治(富士)の病と、フォーク(鷹)と、ナース(茄子)が出てきたじゃないか」
「なんだとう」
斎藤はハアハア息をついている。
「それにさあ、“演技”は良かっただろう?」