目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

プランツ・トランスレイター

「あのね。お水をもっといただけないかしら。カラカラに乾いちゃう。それから音楽はビートルズもいいけど、たまにはモーツァルトをかけていただきたいわ」

「ぼくはさ、部屋にいつも置いてけぼりにされるんだけどさ。やっぱり日光が恋しくなることもあるわけよ。そこんとこよろしく頼むよ」

「伸ばすだけ伸ばして放置はやめてよ。たまに散髪してくれないと、栄養が先まで行き届かないんだよ。わかるかな」

 これらは、わたしの家の観葉植物たちの声を録音したものである。


 今回わたしの発明したこの装置『プランツ・トランスレイター』は、あらゆる植物の声を、人間の言葉に翻訳して聴くことができるという画期的なものなのだ。よく、犬や猫の鳴き声を翻訳するオモチャまがいの商品があるが、それに近いものと思ってもらっていい。犬猫は声を発するが、植物は物を言わないかわりにテレパシーのように思考を飛ばしてくるのである。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 わたしはその日、ニュースを観て憤慨していた。

 南国の珊瑚礁が、心ない者によって破壊されたというニュースである。憶測でいくつかの犯人説が流布された。違法な漁獲方法犯人説。ダイバー達によるイタズラ説。心無いマスコミによる、自作自演の記事捏造ねつぞう説などである。

 容疑者は何人かあがったのだが、肝心の決め手となる証拠がない。そこでわたしは考えた。そうだ、珊瑚に直接聞いてみればいいじゃないか。そうすればこの装置も世間で一躍有名になることだろう。

 わたしは報道陣たちを引き連れて、青い海原を進んで行った。そして船を停泊させ、潜水服を着用して海に潜って行くと、ほどなくして海の底に珊瑚礁が見えて来た。わたしは『プランツ・トランスレイター』のスイッチを入れた。

「・・・・・・」

 なにも反応がない。そうか、それほど珊瑚は激高げきこうしていて、口もききたくないということなのか。わたしは一旦甲板に上がった。

「いかがでしたか」報道人がすかさずわたしにマイクを向けて来た。

 わたしは水中マスクとアクアラングのレギュレーター(呼吸器)を外した。

「寡黙な方々でした。相当なショックを受けたのだと思われます。なにしろひとことも口をきいてくれません」

「先生!」

 その時、船室室から船長がわたしを呼ぶ声がした。「環境庁から無線電話が入ってます」

 今回の調査を環境庁も気にとめてくれたようだ。

“あの先生。ひと言ご注意申し上げますが、珊瑚は海藻みたいな植物ではなく、イソギンチャクとかクラゲと同じ刺胞動物ですよ。ごはんを食べるための口もちゃんとついとりますし”

「!」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?