「あなた・・・・・・」
妻が風呂から上がると、夫に言った。
「どうもお風呂に入っているところを誰かに
「なんだって!」
夫は驚いて読んでいた新聞を降ろし、あらためて妻を凝視する。バスタオルを巻いた妻の豊満な体は、そろそろ中年に差し掛かってはいたものの、痴漢を誘惑するだけの魅力は確かに残っている。
「ちょっと表をみてくる」
そう言って夫はパジャマのまま玄関のドアを開け、姿勢を落とし、サンダルの足音を潜めながら暗闇の中へと入って行った。
それはちょうど我が家の風呂場の窓を見下ろす形でとまっていた。人間がひとり入るぐらいの金属で出来た子型の物体が大木の枝にひっかかっていたのである。
「なんだろう?」
夫は銀色の物体に懐中電灯の光を当てた。丸い窓の中から覗いていた者と、まともに目が合ってしまった。
「!」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「覗きの現行犯で捕まえたというのは彼のこと?」
女署長の
「はい署長。いま取り調べ中であります」
「よく顔が見えないけど、なんだか下品なやつね。いかにも破廉恥な雰囲気を漂わせているわ」
凜が赤い唇を歪めた。
「確かにそのようです。ただ・・・・・・」
「ただ・・・・・・なに?」
「先ほどからおかしな供述を繰り返しているので、取調官が困惑しておりまして」
「そう。それじゃあマイクをオンにしてみて」
スピーカーから取調室のやり取りが流れてきた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
“それであんた、あの奇妙な乗り物に乗って現代にやって来たっていうのか”
“そうです。さきほど話した通りです”
“わかった。何度でも聞いてやるからもう一度最初から話してみろ”
“ですから・・・・・・。わたしは未来からやってきた未来人です。名前をゼンといいます。現在の人間は進化の過程にあって、ぼくたちはその最終形と言っていい。
重力の関係で未来の人間はあなた達よりも背が低くなります。
そして食べ物は次第に流動食が多くなって、アゴが退化して行きます。温暖化とオゾン層の崩壊により目が黒目がちになります。光合成で食事ができるようになります。だから排泄も最小限でよくなるわけです。遺伝子の組み換えにより、犯罪意識が抑制された人間しかいなくなります。
その結果、性欲も同時に失われたのです。よって人口が極端に減って行き、現在すべての子供は体外受精で誕生することになります。新しく誕生する未来人は筋力を必要としません。だから手足がひょろ長いです”
“おまえのようにか”
“そうです。ところが、ある頃から次第に新生児が誕生しなくなってしまいました。人類が神の領域を冒涜した罰だと言われています”
“それで”
“わたし達はやむを得ず、野生に進化することで生殖能力の復活を図ることにしたのです”
“ふうん。野生に戻るとどうなるんだって?”
“男は野獣になって、女を求めるようになります”
“それがきみって訳か。で、どうして現代に来たんだ”
“未来の女性の風貌に魅力を感じなくなってしまったから”
“きみの風貌だって、ちょっと普通じゃないけどね”
“さきほどからミラー越しにわたしを見ている女性がいますよね”
“なんだと。おまえ、まさかマジックミラーを透かして見ることができるのか”
“そうです。あの女性・・・・・・ぼくの好みなんです。直接お話しをしたいです”
不意にゼンが顔を上げると、凜に向かってニッコリと笑った。凜の背中に戦慄が走った。その顔が猿そのものだったからだ。