「さきほど国連から連絡が入った。大型コンピュータの計算によると、最初に現れる先頭の魔物を倒さなければ、人類が滅亡する確率は98.05%ということだ」
飯沼博士が研究員たちを集めて口頭で伝えた。
現代において魔界の存在は、いまや周知の事実だ。ネット上で取り交わされている違法な情報の数々が、偶然にも魔界との結界に裂け目を作りあげてしまったのである。
「どうしましょう」
助手の大谷ヒロミが涙を浮かべて博士に伝えた。「人類最後の希望『人型戦闘兵器NE28』の搭乗員が先ほど息を引き取ったそうです」
研究員の間でどよめきが起きる。
「なんということだ・・・・・・
NE28は特定な人ゲノムを利用して駆動させるため、全人類の中から選りすぐった人間しか満足に稼働させることができないのである。
「たしか彼には双子の弟がいたな」博士がヒロミを見る。
「はい。ですが・・・・・・」
「その弟をすぐに確保して連れてくるよう警務部に連絡を取るのだ」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「え、おれですか。無理っすよ」
国民ナンバー制度のおかげで、弟の健治はすぐに発見された。
「頼む。人類の未来がかかっているのだ」
飯沼博士は健治の両肩に手をかける。
「そんなこと言われてもなぁ」健治はそっぽを向く。
「君のお兄さんは立派な人だった。君も彼のためにひと肌脱いでくれないか」
「無理だと思うけどなあ。兄貴とおれとじゃデキが違うっていうか、なんていうか」
「とにかく、乗ってくれるだけでいい。あとはヒロミ君が遠隔で指示をだしてくれる」
ヒロミも真剣なまなざしで頷く。
「でも・・・・・・」
「あなたしかいないのよ」ヒロミが健治に目を向けた。
突如、警告ランプが点滅すると、室内に緊急アナウンスが流れた。
「魔物1号出現!魔物1号出現!各員、戦闘配置ねがいます!」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
魔物は結界の裂け目から顔を表に出していた。顔の長さだけでも10メートルは超えていそうである。3つの眼球がギョロギョロと、カメレオンのように四方に向かってせわしなく動いている。
人型戦闘兵器NE28は、大型ヘリ4機に吊るされて魔物1号の手前に降ろされた。
“いい。落ち着いて”
スピーカーを通してヒロミの声が流れてくる。結局健治は半強制的にNE28に搭乗させられてしまったのだった。
“まずは、そのサイド・レバーを手前に引いて立ち上がって”
健治は言われるままにレバーを引いた。人型戦闘兵器NE28はしゃがんだ体勢からゆっくりと立ち上がった・・・・・・かに見えたが、そのまま仰向けに横転してしまった。
恐ろしい魔物は結界の裂けめから、すでに身体半分を乗り出して、まるでプールで子供が浮き輪から体を出すような格好になっていた。どうやら腕は4本もあるらしい。倒れたNE28に向かって、真っ赤な口を大きく開けて威嚇している。
「もうだめだ!」
“あきらめちゃだめ”
「だって、おれ慎一郎の弟なんかじゃないもん」
「なんだって!」飯沼博士が驚愕の声をあげる。
研究員たちは静まり返る。
「どうなっているんだ!」国連のモニターも騒ぎ始めた。
“しょうがないなあ。今からそっちに行くから待ってて”
ヒロミは席を立つと、自動ドアを風のように駆け抜けていった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ヒロミの操縦するモトクロス用のバイクがNE28の脇に滑り込んだ。砂塵が勢いよく舞いあがる。
魔物1号はまるでプロレスラーがロープをまたいだかのように、すでに片足を結界から出していた。
「ハッチを開けて!交代する」
「ええ、だいじょうぶなの?君だって・・・・・・」
「いいから」
ヒロミは人型戦闘兵器NE28のコックピットに入った。
「サンキュー」健治はヒロミの乗ってきたバイクで一目散にその場を離脱した。
ヒロミはNE28のプログラムを自分用に修正した。その時いきなり、両足に衝撃が走った。とうとう魔物1号が結界を抜け出したのである。
魔物はNE28の両足を掴むと、風車のごとくNE28を空中に回し始めた。スピードが乗ったところで、魔物は4本の腕を離した。NE28は一直線に宙を舞った。
次の瞬間、NE28が足の裏から炎を吹き出して急旋回を始めた。
「そんなことあり得ない」
研究員の間から声が漏れる。
NE28は魔物に左右のパンチを繰り出した。
「おお!ヒロミさんやるう!」研究員が歓喜の雄叫びを上げる。
魔物はNE28のパンチとキックの波状攻撃が炸裂をモロに喰らい、もはや前後不覚の状態である。NE28は最後にフラフラになった魔物に爆弾を括りつけて、結界の中に押し込んで封印をしてしまった。はるか遠くで盛大に爆発音が響き渡った。
“ヒロミ君。いったいどうなってるんだね”
「博士。黙っていてごめんなさい。実はあたしが慎一郎の弟だったんです。ずっと以前に女になりたくて戸籍を売ったの。それを買ったのが、さっきのダサ男だったとは知らなかったけど」
“ヒロミ・・・・・・いや久島健治くん。ありがとう。君は最高の弟だよ”