「わたくし、当社が開発した『女性秘書型AIロボットQR104号』になります」
まるでマネキン人形が動き出したかのような美人ロボットだ。「よろしくお願い致します」とロボットは深々とお辞儀をした。
時代も進化したものだ。今や秘書はロボットを採用する時代になったのだ。
「わたしは営業課長の相馬と言います。よろしく頼むよ」
「相馬課長・・・・・・インプットされています。少年時代にアイドルのレコードを万引きして停学処分になった相馬克也さん」
「おいこら。そんな昔のことをほじくり返すな」
「失礼いたしました」AIロポットが微笑みをたたえながら会釈をした。
こいつなんでも知ってるようで恐ろしいな。
「なんと呼んだらいいのかな・・・・・・QR104号じゃいくらなんでも」
「相馬課長の好きなクラブのホステスの名前はみゆき・・・」
「うるさい。それじゃあ、みゆきでいいやもう」
そうしておけば、寝言でホステスの名前を呼んだとしても、妻にいくらでも言い訳ができるというものだ。
「ありがとうございます。これからみゆきはあらゆることを勉強させていただきます」
「そうか。それじゃあ明日得意先にきみを紹介するから同行を頼むよ」
「お車ですか。AI搭載の電気自動車でしたら運転お任せください」
「チンチン電車だよ」
「チンチン・・・・・・それはもしや卑猥な乗り物では?」
「違うよ。路面電車のことをチンチン電車って言うんだよ」
「なぜチンチン電車と言うのですか」
「それはだな。説が3つあるんだ」
「ご教授ください。インプットさせていただきます」
「警笛をチンチン鳴らしながら走るからという説」
「インプットしました」
「今はいないが昔は車掌が乗っていて、運転手にチンベルを使って合図を送っていた説」
「どのような合図でしょうか」
「ひとつ鳴らすと停留所が近い。ふたつ鳴らすと停留所で降りる乗客がいない」
「インプットしました」
「最期は1980年の上野博覧会で電車が登場するときに、チンチン音を鳴らして会場を盛り上げた説」
「インプット完了です。チンチン電車は全国にあるのですか」
「17都道府県にある」
「インプットしました。ありがとうございます。乗り方は自分で学習しておきます」
「よろしく頼むよ。充電は自分で出来るんだろう」
「もちろんです。それでは明日お会いいたしましょう」
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翌日、わたしはみゆきを連れて会社を出た。相変わらずの晴天が続き、真夏の暑さが身にこたえた。
「みゆき。直射日光はだいじょうぶなのか」額の汗を拭いながら相馬が言う。
「UVカットコーティングしてありますので問題ありません」とみゆきは涼しい顔をしている。
ちんちん電車が停留所に入って来た。
「ここは専用軌道ではなく、車と電車が走る併用軌道なのですね」
「よく勉強してあるじゃないか」
「ありがとうございます」
わたしたちは2輛編成の2輛目に乗り込んだ。電車の中はわりと空いていた。小さな子供が窓から外を見てはしゃいでいる。
「?」
みゆきはなぜか椅子に膝を乗せた。そして立ち膝になり、だらりと両手を窓枠にもたせかけ、窓の外を眺め出した。
「おい、何をしているんだ」わたしは小さな声で叱責した。
「座っていますが」
「バカか。それじゃあ電車に乗ってはしゃいでる子供みたいじゃないか」
「インプットしたチンチンの座り方です」
「それは犬のちんちんだろうが!」
「それは卑猥な言葉ですか?」