「あなた、今月もまた赤字ね」
山城屋弁当店の経理担当をしている妻がそうぼやいた。
「原料価格が高騰しているからなあ」とわたしはいつもの言い訳をする。
「駅弁だからって、いい材料ばっかり使っているからですよ」と妻があきれた顔をする。
「しょうがないだろう。駅弁ていうのはその土地の特産物を使うのが“売り”なんだからさ」
「鉄道会社に言って値上げさせてもらえないの?」
「申請すればできるだろうけれど、売れ残りの廃棄処分がさらに増えたら元も子もないじゃないか」
「あーあ」妻がため息をつく。「これだから零細企業は厳しいのよね。スーパーみたいに見切り品の処分販売も禁止されているし」
「いっそ廃業するしかないか」
「ちょっと待った!」
そこへ見ず知らずの青年が後ろから声をかけてきた。
「きみはいったい誰だ。どこから入って来たんだ?」
「ぼくですか?ぼくはあなたの孫の孫のまた孫の孫ですけどね」
「なに?」
「来孫って言うらしいのです」
たしかに、青年はどことなく我が家の血筋を引いているかのような顔立ちをしている。
「らいまご?」
しかも身に着けている衣服が妙に光沢を放っていて、現代の素材とは明らかに違う気がするのである。
「さっきから聴いていると、ぼくらの未来は真っ暗闇じゃありませんか」
来孫は腰に手をあててわたしたち夫婦にお説教を始めた。これは夢なのだろうか。
「あの・・・・・・あなたはいったいどこから」
気が動転した妻が酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせて言う。
「未来からです」と若者はまるで今日の天気でも訊かれたかのように平然と答える。
「どうやって?」わたしはいぶかしげに質問を投げかけた。
「あれですよ」少年が指差したのは、裏庭だった。そこには見たことがない乗り物が鎮座していた。「タイムマシンです」
「本当に?」
「本当に」
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その後山城屋弁当店の売上は倍増した。どこの駅弁よりも安価で、しかもボリュームがあり、味と品質が他社とは比較にならないくらい良くなったからである。もはや単品ではコンビニ弁当の売上を凌駕する勢いだった。
未来から来た来孫は、帰り際に小型の簡易タイムマシンを置いて行った。
「いいですか、お爺さん、お婆さん」
「おじいさん?おれ達はまだ30歳だぞ」
「ちょっと、あたしはまだ29です。そこんとこ、とっても大事」
「・・・・・・おじさん、おばさん。これを使って昔の肉や野菜を買い付けてくればいいじゃないですか。値段だって格安だし、農薬だって最小限、栄養価も高くてしかも美味しいはずですよ」
「そんなことできるものか」
「できますよ。でもひとつ条件があります。絶対に歴史を変えない事。時間軸には“タイムパトロール”が巡回していますからくれぐれも気をつけてください。もし歴史を変えてしまうような行為をしたなら、この世からあなた達は抹殺されてしまうでしょう」
「本当なのか」
「そんなことになったら、ぼくもこの世から消えてしまいますから十分気をつけて下さいね」
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わたしは考えた。まず問題になったのは、過去の世界では現在の通貨が使えないということだった。いくら安くても現金が使えなければ仕入は不可能だからだ。
物々交換ならどうだろう。現在の物価を考えれば、農家と物々交換などしたらこちらが大損してしまう。
ではギャンブルで大穴を当てたらどうか・・・・・・目立ちすぎて歴史を変えてしまいかねない。
そこでわたしは最終手段に出ることにしたのだ。3億円強奪事件の犯人から現金を横取りしてしまうのである。なぜならば、この事件の犯人はたった1人。そしてすでに時効を迎えている。現在でも犯人はいまだに特定できておらず、もちろん現金は1円も返ってきていないのである。
要するにこの3億円は闇に消えているのだから、歴史を塗り替えることはないはずだ。
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わたしは1968年12月10日の府中市の朝にタイムスリップした。まだかすかに朝靄が残っていた。
と、まさにその時である。わたしの目の前であの事件が起きようとしていた。白バイ警官に扮した犯人が現金輸送車の下に発煙筒を転がす。微かに煙の臭いが鼻腔をついた。
「この車にはダイナマイトが仕掛けられています!」
煙が本格的に吹き出した。
「うわ!」
驚いた輸送車の警備員たちは、一目散に走って逃げた。
わたしは犯人に静かに近づいて行った。
「警察だ。大人しくしろ」
犯人は意外と若い男だった。まだ二十歳そこそこだろう。男は驚いて顔をわたしに向けた。そしてわたしも驚愕した。男は一目散に逃げて行った。
わたしは現金輸送車に乗り込み、車を飛ばして隠しておいたタイムマシンに現金を移して現代に逃げ帰ったのである。
今でも3億円事件の犯人のモンタージュ写真を見るたびに思い出す。
あれは最初からわたしに横取りさせるための現金強奪だったのに違いない。それは間違いなくひ孫の孫の孫、来孫の顔だったのである。