1945年(昭和20年)8月6日午前6時30分。アメリカの爆撃機B29『エノラ・ゲイ』は四国上空を航行していた。
モリス中尉とトーマス少佐は、積載した兵器の安全プラグを慎重に抜き取り、点火プラグを差し込んだ。
「兵器の稼働処理完了!」モリスの声が船内に響き渡った。
ティベッツ機長はひとつ頷くと、おもむろにマイクを握った。
「諸君。我々が積んできた荷物は、世界ではじめて使用する原子爆弾である」
「!」
乗組員たちは、この時はじめてこの兵器の正体を知ったのである。
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とその時、突如レーダースコープに正体不明の飛行物体が現れた。
「機長、味方ではないようです!」
「まさか敵戦闘機じゃないだろうな。本機は急上昇する」
高度2000mを航行していたエノラ・ゲイは、すぐさま高度8000mまで上昇した。レーダーの輝点は消えた。
「ふう、焦らせるな」ティベッツ機長は息をついた。「ゼロファイター(零戦)の生き残りかと思ったぜ」
「機長、もしかしてあれはフーファイターだったのかもしれませんよ」と副機長が軽口をたたいた。
フーファイターとは、当時パイロットたちから恐れられていた戦闘中に現れる未確認飛行物体(UFO)のことである。
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「や、失敗。エノラ・ゲイのレーダーに捕捉されちまった」操縦席のニックは頭をかいた。
ガイドのフィルがマイクを持って立ち上がった。
「皆さん、歴史を変えるような不始末ではありませんからご安心ください」
「それより、いっそこのタイムマシンで広島市民を先に避難させることはできないのかね」
観察者のひとりである紳士が言った。
「それも歴史を変えることになりますので、禁止事項に含まれます」とフィルが答えた。
「14万人も犠牲者が出るのにかね」
「致し方ありません。それが人類の歴史なのですから」
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午前8時15分17秒。
エノラ・ゲイから原子爆弾『リトル・ボーイ』が投下された。
上空から落ちて行くリトル・ボーイは最初横風に流されていたが、次第に体勢を整えてまっすぐに落ちて行った。
そして投下されてちょうど43秒後、600m上空でそれは炸裂した。
核分裂が起き、強い光を発し、高熱と放射線が半径2kmを一瞬にして焼き尽くした。その周辺部の建物も強烈な爆風によりほとんどが吹き飛ばされてしまった。
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「みなさんご覧になりましたか。あれが人類最大の汚点、ヒロシマへの原爆投下です」
「ひどいものだな」さきほどの紳士が言う。
「まるで地獄絵図じゃないか」背の高いブロンドの男性が目をそむけた。
「二度とこんな悲劇を起こしてはいけないわ」目つきの険しい淑女が言った。
「同感だ。とにかく、国民が納得してくれるのを期待するしかない」と東洋人がつぶやいた。
フィルは満足したように何度も頷いた。
「誓って下さいね。あなた方は、これ以上威力のある爆弾を後生大事に今も保有しているのですから」
「きみのところが手放さないからこういうことになる」紳士が背の高い男に言った。
「いやお前のところこそ。今すぐにでも放棄すればいいじゃないか」
「後だしジャンケンはだめよ。手放すときにはみんな一斉よ」
「こいつさえ抜け駆けしなければな」
東洋人が曖昧な笑みを作り、何のことか分からないという風に肩をすくめた。
「本日のツアーはこれにて終了です。それではみなさん、明るい未来に戻りましょう」
「たいへんです!」
その時なにやらニックが騒ぎはじめた。
「どうした」フィルが振り返ってニックを見る。
「帰る場所が・・・・・・見当たらないんだ」
フィルは乗客たちを睨みつけた。
「あんたらもしや・・・・・・」