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バミューダトライアングルの真実

 突然、舞台が白いスモークに包まれた。

 赤や青の照明の明かりが、舞台の上に注がれる。

 それらはまるで色とりどりの積乱雲が、四方に稲妻を放っているかのような幻想的な風景に映るのであった。

 次の瞬間、腹の底に響くバスドラムと共に鋭利な刃物のようなエレキ・ギターのつんざくような音が鳴り響いた。


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「バンド名の由来はなんだね?」

 わたしはオーディションに応募してきた、3人組のバンドマンに訊いた。格好はともかく、演奏は中々のものだった。

「バミューダ・トライアングル」頭の毛がツンツンにはね上がったリーダーのしょうがそっけなく答えた。「メンバーが3人だし、ちょっとミステリアスでいいかなと思って・・・・・・」


 なるほど、それで彼らはお揃いのバミューダ・パンツ(膝丈ズボン)を履いているのか・・・・・・。面白い、採用してみようか。


 ドラムの将、ベースのたく、ギター&ボーカルのじょうの3人編成のロック・バンドだった。デビューは12月5日に渋谷公会堂で行われるロック・フェスに決定した。

 しくもその日はバミューダトライアングルの日と言われていた。


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 バミューダトライアングルとは、フロリダとプエルトリコ、バミューダ諸島を結んだ三角形の海域のことである。

 この海域では飛行機と船舶の失踪事件がなんと100件を超え、千人以上の人間の消息がいまだに不明のままなのだと言われている。


 代表的な事件を挙げてみよう。

 1945年12月5日。その日は快晴だった。フロリダの海兵基地からアメリカ軍の魚雷を搭載した爆撃隊『フライト19』が「白い水に突入した」という通信を最後に忽然と姿を消した。

 隊長は飛行時間2500時間の超ベテラン、テイラー中尉だった。5機の爆撃機と14名の兵士が忽然こつぜんと消息不明になってしまったのである。


 消えたのは空だけではない、海難事件も存在する。

 超有名なところでは『メアリー・セレステ号事件』だ。

 1872年12月4日。ニューヨークの運搬船デイ・グラチア号が奇妙な難破船を発見した。

 乗り込んでみると、救命ボートは残されたままなのに誰ひとり乗船者が見当たらない。ところが船には、つい今しがたまで乗組員が乗船していた形跡が残っていたのだ。食堂のテーブルにはまだコーヒーの湯気が立っており、温かい食事が配膳されたままになっていたのだという。


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「おい、連中がまだ会場入りしていないんだが大丈夫なのか?」

 わたしは彼らにつけたマネージャーの乃亜のあの携帯に電話を掛けていた。

「すみません。いま彼らのアパートを見に来たところです」

「それで?」

「部屋に入ったのですが誰もいないんです」

「どういうことだ?」

「それが、つい今までひとのいた気配がするんですが・・・・・・火のついたタバコが灰皿に置いたままでしたし、カップラーメンからもおいしそうに湯気が立ち昇っているんです」

「なんだって!」

 わたしは思わず受話器を握りしめていた。

「社長・・・・・・。これってもしかして、バミューダトライアングルのせいでしょうか?」

「馬鹿を言え。いいか、本当のことを教えてやろう。あれはただの遭難事件を面白おかしくするために、小説家があることないこと書き足した作り話・・・に過ぎないのだ。かの有名なシャーロック・ホームズを書いたコナン・ドイルもその内のひとりだ」

「ええ、そうなんですか。ちょっとがっかりです」

「1階の101号室に管理人がいるはずだ。何か知っているかもしれない」

「訊いてきます」

 乃亜が慌ただしく階段を駆け下りる音が聞こえて電話が切れた。


 しばらくして乃亜が電話を掛け直してきた。

「管理人さんのお話では、黒い・・・・・・」乃亜の息が上がっている。

「黒い?」

「黒いスーツの男たちに拉致されたと」

「もしやメン・イン・ブラックじゃあるまいな」

「いいえ借金の取り立て屋らしいです」

「ふん、そうか、仕方がない。舞台にありったけのスモークを焚いて、デモテープを流すんだ!」

「え?そんなんでだいじょうぶでなんでしょうか」

「いいからやるんだ!」


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 その日、幻のように舞台から消えたバンドは音楽界の伝説となった・・・・・・。

「社長。どこのメディアからもバミューダトライアングルへの出演依頼が目白押しなんですけど、どうします?」

 乃亜が引っ切りなしに掛かってくる電話の応対に苦慮していた。

 わたしはタバコも揉み消した。「これでおれもコナン・ドイルの仲間入りだな・・・・・・」

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