「世界で初めてヘリコプターを考案したのは誰だか知ってるかね?」
浜田は
「レオナルド・ダ・ヴィンチでしょう。そんなの誰だって知ってるわよ。馬鹿にしないでほしいわ」
かりにも淑子は三田村博物館の館長をしている。もっとも昨年亡くなった父、三田村
浜田は父親の代から親交のあった“考古学者”という名のいわゆる古物商人である。さがった八の字眉毛がどこかタヌキを思わせる容貌で、淑子としてはあまり好きなタイプの人間ではなかった。
「それじゃあ、そのヘリコプターが実際に空を飛べるかどうかはご存じですか?」
「無理に決まってるでしょう。わたしをからかってるの?たとえ幅5mの螺旋らせん状の布をゼンマイで巻き上げて浮力を得たとしても、そのトルクで乗船している本体も同一方向に回転してしまうはずよ。操縦装置もないし、そのまま墜落するのは明白だわ」
「さすが三田村博物館の新館長ですな。亡くなった恭造先生も鼻が高いというものです」浜田が後ろを振り返る。「古山君、例のものを」
古山と呼ばれたのは浜田の助手をしている男である。細身で、顔の造作が同じようにすべて細くできていてどこかキツネに似ていた。
「ダヴィンチの回転翼機の
古山はアタッシュケースから丁寧にクリアシートのようなものを取り出した。浜田はクリアシートで保護された古紙を淑子の前で丁寧に広げた。素手で触れれば、ボロボロに崩れ落ちそうな紙片であった。
「レオナルド・ダ・ヴィンチの発明の手稿は半分近くが行方不明だということはご存知ですよね」
「え、ええ・・・・・・」淑子は息をのんだ。
「これは世紀の大発見なのです。実はダ・ヴィンチの回転翼機の手稿は合計3枚あったのです。1枚はすでにご存じの手稿。二枚目は、反トルクを実現するための手稿。さらに三枚目は操縦を可能にするための手稿です」
「本当ですか?」
心なしか淑子の声が震えている。
「レオナルド・ダ・ヴィンチほどの天才が、半トルクを考えなかったとでも?しかも、これらの手稿を見れば、このゼンマイで得た動力が、半永久的に継続することが分かります」
「もし、それが本当だとしたら・・・・・・」
「世界的な大発見になります。そして、この手稿をもとにレオナルド・ダ・ヴィンチの回転翼機を完成させたなら、一躍この博物館は世界的に注目されることになるでしょうな」
「浜田さん。それをわたしに?」
「いくらで買いますか?亡き父上への御恩があるから、誰よりも先にあなたにお見せしようと考えた次第です」
「いくらでお譲りいただけるのでしょうか」淑子はうわずった声で訊く。
「5億でどうですか?」
「5億・・・・・・それはちょっと」
「安い買い物だと思いますけどね」
「3億なら今すぐにご用意できます。残りの2億はのちほどということでお願いできませんか」
「そうですね・・・・・・本来掛け売りはしない主義ですが、ほかならぬ三田村さんのご令嬢ですから、それで手を打ちましょう」
「ありがとうございます」
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浜田と古山は三田村博物館を後にした。専用ジェット機でエジプトに向かったのである。
「ボス。三田村淑子、まんまと騙されましたね」
「はは。ダ・ヴィンチの手稿なんてあるわけないだろう。馬鹿じゃねえの」
二人は機内で大笑いした。
「これだけあれば、当分遊んで暮らせますね」
古山はジュラルミンのアタッシュケースを開いた。
「!」
そこには新聞のチラシが山のように入ってるだけだった。
「あのアマ、いつすり替えやがったんだ!」
浜田がチラシの上にあるメモを取り上げる。
“ゴージャスな夢をどうもありがとう。
偽物だとは知らなかったことにして、しばらく展示させていただきます。
これで当分食べていけそうですわ Y.M”