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翼よ、あれがパリの灯だ

 ぼくはその日、猛烈な睡魔と闘っていた。

 1927年5月20日の未明、ぼくの単葉飛行機は幾ばくかの食料と、水筒2本分の水、それに1700リットルのガソリンを積んでニューヨークを飛び立った。

 ぼくの年齢は若干25歳だ。アメリカからパリへ大西洋横断無着陸飛行を試みたのだ。飛行時間はすでに33時間を超えていた。

「うう・・・・・・眠い。強烈な睡魔が襲ってくる」

 巨大なガソリンタンクが操縦席まで占領していたため、ぼくはタンクの隙間から望遠鏡で前方を確認するしかなかった。しかしそこには一面雲が見えるばかりだった。

「負けてたまるか。成功すれば2万5千ドルの賞金と名誉が与えられるんだからな」

 ぼくは太ももをつねったり、水を飲んだりして、睡魔とのギリギリの攻防を繰り返していた。白いとばりが目の前に下りて来るような感覚。遠のく意識・・・・・・。

「だめだ!・・・寝てはだめだ」

 ぼくは頭を左右に激しく揺り動かした。

 そのとき微かに街の明かりらしきものが遠くに見えて来た。ぼくは叫んだ。

「翼よ、あれがパリの灯だ!」

「あ、それ当たりね」

 どういう訳か、向かいからハッキリと声が聞こえた。

「え?」

「悪いなリンドバーグ君。国士無双こくしむそう・・・・・・役満だ。3万2千点いただくよ」

 そうだった。ぼくは『麻雀荘 パリの灯』で麻雀を打っていたのだ。ぼくは一瞬のうちに夢を見ていたようだ。

 うっすらと目を開けて、点棒箱を見た。そう、ぼくは間違いなく飛んでいた。

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