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ノーベル賞を君に

「第五回ノーベル平和賞の受賞者は・・・・・・ベルタ・フォン・ズットナー氏に授与されることに決定いたしました」

 報道陣が一斉にズットナーをカメラに収めてマイクを向けた。

「おめでとうございますズットナーさん。女性で初めての受賞ですが、今のお気持ちをうかがわせてください」

 ズットナーは大きく肩で息をすると言った。

「感無量ですわ」

「アルフレッド・ノーベルとはお知り合いだったそうですね」別の報道関係者が質問をする。「それと今回の受賞は関係があるとお思いですか?」

「大ありですわ」ズットナーは微笑んだ。「だって、この賞は実はわたしのためにアルフレッドが作った賞だったんですもの」


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 家が貧困だったため、ベルタはズットナー男爵の家に住み込みの家庭教師をやっていた。

 ズットナー家の教え子の中には、令嬢たちの他にひとり息子のアルツゥーア・フォン・ズットナーがいた。彼はベルタの美しさに一目惚れしてしまった。教師と生徒の立場から、ベルタは最初アルツゥーアのことを相手にしていなかったが、いつしかその情熱に絆ほだされた、ふたりは本当の恋をするようになっていた。

 しかしベルタの兄は相手が7歳も年下という理由により結婚を許可しなかった。それゆえ、ベルタは悲しみ嘆いた末にズットナー家を出た。そして当時新聞に掲載された大富豪ノーベルの秘書兼家政婦の仕事に応募したのである。


 パリでアルフレッド・ノーベルの秘書に就任したベルタは、密かにアルツゥーアと結婚を済ませ、そのときすでに旧姓のタッテウではなくズットナー姓を名乗っていた。

「ノーベル様」

「アルフレッドでいいよ」

「それではアルフレッド」

「なにかな」

「本日受けたお電話ですけれど、建築会社はともかく・・・・・・国防省、武器製造会社と、あなたの発明したダイナマイトはどうやら戦争の道具に使われているようですわね」

「ベルタ。それは確かにそうだが、仮にぼくが発明しなくても、いずれ誰かが発明していたさ。戦争はぼくのせいじゃない」

「アルフレッド。わたしは発明家のあなたを尊敬しています。でもダイナマイトはもっと平和利用に活用するべきだと思うの」

「ぼくもそう願いたいね」

「戦争の道具で巨万の富を築き上げたとしても、それがなんになるでしょう」

「耳が痛いね。君は美しくて聡明だが、ちょっと潔癖すぎやしないか」

「アルフレッド。わたしこれから平和運動に従事しようと思うの」

「きみがかい」

「だから戦争に加担するようなお仕事を続けて行くわけにはいかないわ」

「やめてしまうのかい」

「ええ。短い間でしたけど」

「ぼくもベルタ、きみのことは心から信頼と尊敬をしていたのだ。愛していると言ってもいい。だから、いつまでも友達でいてくれないか」

「もちろんよ」

 こうしてベルタ・フォン・ズットナーは一躍平和活動の先駆者となり、小説『武器を捨てよ!』を発表したのである。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「だから言ってるじゃないの。あなたの協力が必要なのよ」

「ベルタ。また資金の援助かい?きみの平和活動よりも、わたしのダイナマイトの方がずっと平和に一役買ってると思うのは気のせいかな」

「気のせいなんかじゃないわ。世間であなたのことを何て言ってるか知ってる?」

「平和活動の支援者。無償の愛を授ける」

「はいはい。とにかくお願いね」


 そんなある日、パリの街に号外が流れた。

『死の商人 死す!』

 兄のルードヴィ・ノーベルがカンヌで急死したのを、アルフレッドが死亡したと勘違いされてしまったのだ。アルフレッドは衝撃を受けた。この時ハッキリと自分が世間でなんと呼ばれているのかを自覚したのだった。

 アルフレッドは莫大な遺産のほとんどをノーベル財団の設立と、ベルタの平和活動資金の援助に使うことにした。でもお目当てのベルタがノーベル平和賞を受け取ったのは、ノーベルの死後9年も経ってからのことであった。


 天国のアルフレッドがこう言っているような気がした。

「ベルタ、ぼくの汚名が晴れるかどうかちょっと賭けてみようじゃないか」

「アルフレッド、それじゃあこの硬貨を投げて決めましょうよ。表が出たらわたしの勝ちね」


 オーストリアの2ユーロ硬貨には、今でもベルタの肖像が描かれている。

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