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想像してごらん

 その男は38口径のリボルバー式拳銃を手に入れると、10月にニューヨークに向けて旅立った。

 彼はジョン・レノンを見つけると黙って近づいて行った。手が震えていた。ジョンはぽっちゃりした少年のような男に気がついた。なぜか男は拳銃のかわりに、ジョン・レノンの新しいアルバム『ダブル・ファンタジー』を差し出していた。

 アルバムを手渡されたジョンはサインを書いてこう言った。

「きみが欲しいのはサインだけかい?」

(それとあなたの命)男は笑顔で頷いた。

 その日、彼の最初の暗殺計画は失敗に終わった。


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「あれ?きみたちは誰だい」

 ぼくらは彼のベッドの上の壁の穴の中に住んでいた。まさか人間に見つかるなんて思ってもみなかったのだ。だって普通の人間にはぼくらの姿を見ることなんてまずできないはずだからね。

 なぜって?ぼくらはみんなの親指ぐらいしかない小人だからさ。

 その頃、彼の父親は母親に暴力を振るう男だった。だから幼少期の彼はいつもビクビクおびえながら暮らしていたんだ。そのせいで彼は次第に自分の殻に閉じこもるようになっていった。ぼくらの姿が見えるようになってしまったのはそのせいなのかもしれない。


「きみたちをおいらの子分にしてあげよう」

「あんたがぼくらのボスだって?」

 彼はぼくたちの支配者になったつもりらしい。一緒にヒーローごっこをして遊んだり、時には喧嘩したりして過ごしていた。時々彼は癇癪かんしゃくを起こした。そしてぼくたちの仲間を踏みつぶすこともしょっちゅうだった。

 でも心の広いぼくたちは彼を許してやった。なぜかって?ぼくらは本当の意味で死ぬということがなかったからね。

 とにかく彼は情緒不安定な男だったんだ。


 ある日彼は「この本なんだけど。友達がおれに勧めてくれたんだ」

 そう言うと、『ライ麦畑でつかまえて』という本をぼくらに見せた。サリンジャーという人が書いた本らしい。

「なんだかすごく共感するんだよな」

 ウソにまみれた大人の社会に反発する主人公の物語だという。作者のサリンジャーには気の毒だが、とにかく彼はこの小説の愛読者になったようだった。

 それに彼はビートルズの大ファンでもあった・・・ビートルズにとってはとても災難だったがね。


 大人になった彼は婚約中に浮気がバレて破局し、自己嫌悪に陥いった。

「ねえ。どう思う?おれって生きる価値ないよね」

 罪悪感から彼には、こんどは自殺願望が芽生えはじめたのだ。ぼくらは同感の意味をこめて大きく首を縦に振ってやったよ。

 彼は自殺する場所として、ずうずうしくも南国のハワイを選んだ。楽園で楽しく死にたいと思ったのだ。彼はハワイの浜辺に車を停めて排気ガス自殺を図った。しかしこれも漁夫に発見されてあえなく失敗に終わる。実は内心だれかに見つけてもらいたかったのだが。

 その後、ハワイが気に入った彼は、そのまま南国に住みついてしまった。そして職場で知り合った片足の不自由なグロリアと結婚をする。職業を転々と変えるが、やはりどこの職場も長続きはせず、次第に神経がおかしくなりはじめた。いや最初からおかしかったんだけど・・・・・・。


 彼は唐突にこう口走った。

「ジョン・レノンを殺そうと思うんだけど、どうかな」

 ぼくらはその真意がよく分からなかった。

「なぜジョン・レノンなのさ?」

「あいつは表向きはラブ&ピースとか言っておきながら、金に物をいわせて贅沢三昧な生活を送っていやがるからさ」

 ぼくらは彼がジョンを殺そうと思っている本当の理由が、他にあるのではないかと勘ぐっていた。

「そうさジョンはインチキ野郎さ」彼は憎々しげに言った。「誰かがジョン・レノンを止めなくてはいけないんだ。わかるだろう?」

「でもジョンが死んだらあんたの好きなビートルズの再結成は絶望的になるんじゃないか?」

「フン、構わないさ。おれが捕まったらおれのために伝記を書いてくれないか」

「あんたの?」

「そうとも。できるだけ神秘的に書いてくれよ。苦悩の末に殺人を犯すのだからね」


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 その晩ジョン・レノンはレコードスタジオで数時間過ごした後、妻のヨーコと一緒に近くのレストランに向かっていた。その途中、息子のショーンにおやすみの挨拶をするため、住まいのダコタハウスに立ち寄ろうとした時にそれは起こった。

 男は午前中からレノンを待ち伏せしていた。二度目の挑戦だった。ジョンの背後にそっと忍び寄る影。脚を開き、銃を両手で構えた。

「ジョン・レノン」

 ふとジョンの足が止まった瞬間、立て続けに銃弾が発射された。

 ジョンは背中に4発の弾丸を撃ち込まれた。3発はジョンの胸を貫通し、残りの1発が大動脈に当たって止まった。そのすべてが致命傷であった。

「撃たれた!撃たれた!」

 そう言って、ジョンは口から血を流してアパートの受付の床に倒れ込んだ。

「救急車を呼んで!救急車を呼んで!早く救急車を呼んで!」

 ヨーコは同じ言葉を3度も繰り返し叫んでいた。


 警察が駆けつけて来るまでの間、男は静かに歩道に腰かけて、例の『ライ麦畑でつかまえて』を読み出した。

 まるでこの文学的小説に、なにかとてつもなく深い意味でもあるかのように・・・・・・。


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 これでこの話はおしまい。

「おい。ちょっと待ってくれよ。さっきからおれの名前が一度も出て来ていないじゃないか」

「きみの殺人動機は単にケネディを暗殺したオズワルドみたいになりたかっただけだろう?」

「なんだって」

「高尚な目的なんてこれっぽっちもありゃしないのさ。きみはただ有名になりたかっただけなんだ。歌手にもなれないし、映画俳優や作家にもなれない。才能がないきみが歴史に名を残すには、有名人を暗殺するしか方法を思いつかなかったんだ」

「・・・・・・」

「きみの身勝手な欲望のおかげで、世界中に悲しみが広がってしまったよ。きみを懲らしめる一番の方法はね、きみの名前を永久にみんなで忘れてしまうことなのさ」

「お前たち。おれを裏切る気か!」

「想像してごらん。きみのことなんか誰も知らない世界を」

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