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泣いて馬謖を斬る

 時は漢の時代である。


 中国雲南省の少数民族の討伐を終えた諸葛孔明しょかつこうめいの軍団が、いま帰路につこうとしていた。しかるに長雨のあと、河川が氾濫して軍は立ち往生してしまったのである。

馬謖ばしょくよ、こういう場合はどうすればよいのか」

 馬上の孔明は、部下の馬謖をかえり見た。

「は、古来より河川の氾濫を鎮めるためには、生首を生贄いけにえに竜神に捧げて治めるのが習わしでございます」

「なに、人の首をか」

 孔明の顔が曇るのであった。

「いやいや、これ以上血を流すのは忍びない。何か他によい方法がないものか。そうじゃ、小麦を水で溶いて饅頭をつくるのだ。そして中に味付けした羊や牛の肉を入れたなら、竜神さまも喜んでくれるのではないか」

「なるほど。それは妙案に存じます。さっそく料理人に作らせましょう」

 翌日、河川の前に祭壇を組み、軽石で竜神像をこしらえ、肉まんがお供えされたのである。


 その日の午後、巨漢の馬謖は竜神像の裏に背をもたげ、河川の濁流を眼で追っていた。「諸葛孔明どのもアホなお方じゃ。こんなもので氾濫が治まるかいな」祭壇の肉まんにかぶりつく。「お、これは中々いけるではないか」

 祭壇に供えられた肉まんは大食漢の馬謖によって、あっという間に平らげられてしまった。

「おや、肉まんがないではないか」

 そこへ孔明が視察にやってきた。慌てた馬謖は肉まんをのどに詰らせながら、じっとしているしかなかった。

「竜神どの、残らず召し上がられましたこと大儀でござる。氾濫を治めていただけますでしょうか」

「う、う、諸葛孔明・・・・・・」

 なんと、竜神像が声を発するではないか。

「肉もいいが、餡もほしいぞよ」

 孔明は驚いて目を剥いた。

「ははあ。さっそく」

 孔明はひれ伏し、風のように陣営に戻って行ったのであった。


 次の日も馬謖はたらふくあんまんを平らげた。しかし、相変わらず氾濫は治まらなかった。

「いかがでしょうか?」

 孔明は平伏して尋ねた。

「うん、これはこれでうまい。そなた、雲南省から乳餅(チーズ)を奪ったであろう。今度はあれを入れてみい」

(なんとずうずうしい)と思いながらも孔明はすぐに対応した。


 翌日いつもより早く孔明が訪れると、河川の氾濫は徐々に緩くなりつつあった。

「ありがとうに存じ上げる」

「いやいや、たいしたことはない」竜神像が揺れている。

 そのとき突風が吹いた。軽石の竜神像が揺れ動き、いとも簡単に倒れてしまう。そこにチーズまんをくわえた馬謖がいた。孔明と馬謖の目と目が合ってしまった。

「お、お前は!」

 孔明が刀を抜くのと、脱兎のごとく馬謖が逃げ出すのが同時であった。

「おのれ、わしの大事な乳餅を食べおったなあ」

「お許しを」

「いいや、わたしは泣いてお前を斬る!将たる者は、私情を捨てて大儀を守るのじゃ」

「私情って・・・・・・ただの食欲じゃないですか!」

「うるさい、そこへ直れ」


 命からがらその場を脱した馬謖は、遙かインドへと逃れた。

 その後、馬謖はインドでカリーまんを世に広めたと広めなかったとか・・・・・・

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