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第14話 暴走(生瀬涼子の生き霊視点)

 雲ひとつない晴天だった空は、橙色に染まっていた。楽しかった氷河くんとのデートも、いよいよ終盤。最後はやっぱり、観覧車で。それが私のこだわりなのです。


「氷河くん、顔色が青いですが、大丈夫ですか……?」


「だ、だだ、大丈夫です……! 観覧車も攻略してみせます……!」


「…………」


 攻略……。今日は、氷河くんの怖がりを克服するために来てるんだ。本当のデートじゃないんだ。それは、分かっているんです……。だけど、私は今日一日、本当に楽しかった。氷河くんは、楽しくなかったのかな……。


「う、うぅ……!」


 観覧車の列に並び、私たちの番がやってきた。予想通り、氷河くんは観覧車になかなか乗り込むことが出来ずにいた。あらあら、本当に怖がりさんですね。


「ふぅ……。やれやれ、しょうがないですね〜。せーのっ、えいっ♡」


「うおっ!?」


 氷河くんを後ろから突き飛ばして、観覧車の中にシュート。氷河くんは見事、乗り込むことに成功しました。さてさて、次は私が……。


「…………あれ?」


 観覧車に乗ろうとした時、急に身体が重くなった。おかしいですね。霊体なのに、そんな感覚に襲われるなんて……。一体、何が……。


「生瀬涼子……。もう我慢する必要はない」


「あ、あなたは……!?」


 このドス黒い邪悪な気配。複数人の声が混ざったような奇妙な声。これは以前、氷河くんを襲った悪意!


「解き放て……。感情を剥き出しにしろ……」


「何を言ってるんですか……。私は、何も……」


 遊園地にいる間、ずっと辺りを警戒していたのに。何故、このタイミングで私を狙った? とにかく、今は、この悪意を振り払わないと……!


「北極氷河を、自分の物にしたいんだろう?」


「…………!!」


 ズキンと、胸が痛んだ。まるで、私の心を見透かしているような、悪魔のひと言。……惑わされるな。自分を見失ってはいけない。


「そ、そりゃそうですよ……。だって、生き霊は、その想いを宿して、送り込まれるのですから……!」


「なら、何故その想いを抑え込んでいる?」


「そ、それは……。氷河くんが、決めたことだから……。あの人は、私じゃなくて、私の本体のことが好きなんです……。だから、私は、彼の意思を尊重したくて……」


 マズイ……。相手のペースに乗せられてる。落ち着かなきゃ。気持ちを落ち着かせないと、力が暴走してしまう……!


「目の前にいるのに、彼の心は、私のことを見ていない」


「ち、違う……! 私はそんなこと、思ってない……!」


 悪意を込めた声は、私の心を代弁しているかのように語り掛ける……。違うの。私は、生き霊だから。氷河くんと、恋することは出来ないの。そんなこと、思っちゃ駄目なの……!


「お互いに好きなはずなのに、彼の心は、遠くを見つめている」


「や、やめて……! うぅ……!」


 胸が、苦しい……! 私は、氷河くんのことが好き。私も、生瀬涼子のはずなのに。どうして。どうして、私のことは見てくれないの?


「どうして、“あの子”のことは好きなのに、私のことは、好きだと言ってくれないの?」


「はぁ……! はぁッ……!」


 悲しい。苦しい。私は、氷河くんとは愛し合えない。ずっと、ただ見てるだけ。ちゃんと触れ合えない。キスも出来ない。嫌だ。そんなの嫌だ!


「ううううッ……!! うああああ……!!」


「……生瀬、涼子。これも全部、北極氷河を排除するためだから」


 私の意識は、黒い感情に飲み込まれていった。もう、抵抗する気持ちも湧かない。ただ、その感情の波に身を任せて、楽になりたかった。



「はっ……!」


 悪意を纏った声は遠のき、何事もなかったかのように、世界は静寂を取り戻していた。氷河くんを乗せたゴンドラは、いつの間にか上へと登ってしまっていた。


「あの声、何を企んでいたの……? いえ、それよりも、氷河くんを追い掛けないと……。きっと1人で、心細くて震えているはずです……」


 私は身体を浮遊させ、氷河くんの元へと急いだ。さっきまで重くて動かなかった身体も、今は軽い。問題なく動かせる。


「い、生き霊さん……! どこに行ってたんですか……!?」


「す、すみません……! はぁ、はぁ……。乗るタイミングを、逃してしまって……」


 案の定、氷河くんは青い顔で震えていた。氷河くんの周囲には、悪意は感じない。良かった。私が、彼のことを守らないと。


「生き霊さん、大丈夫ですか……? なんだか、いつもにも増して顔色が悪いですよ……?」


「だ、大丈夫ですっ……! 生き霊に顔色とか、そんなの無いですから……。私なら、大丈夫……」


 うん、大丈夫。意識はハッキリしてるし、身体も自由に動かせる。悪意は去ったんだ。私は、大丈夫なんだから……。


「はぁ……はぁ……」


 私と氷河くんを乗せたゴンドラは、ゆっくりと頂上へ向かって登っていく。日は暮れて、遊園地はライトアップに彩られ、眼下には、幻想的な景色が広がっていた。


「あの、生き霊さん、無理しなくて良いですよ……? 生き霊さんなら、今すぐにでも観覧車から降りられますよね……?」


「うぅ……。ひょ、氷河くん……」


 氷河くんが、私のことを心配してる。私、そんなに様子がおかしいのでしょうか……? 意識も身体も、問題ないはずなのに……。


「俺のことは、気にしなくて良いですから……! 生き霊さんの身体が、一番ですから……!」


 ドクン。と、胸が高鳴るのを感じた。おかしいですね。生き霊に、鼓動なんかある訳ないのに。……氷河くん、あんなに震えて、怖いはずなのに。暗くて高くて、自分のことで精一杯なはずなのに。


「生き霊さんには、たくさん助けられましたから……! だから、次は、俺の番です!」


 やめて。氷河くん。優しくしないで。胸が苦しいの。氷河くんに優しくされると、気持ちが抑えられなくなっちゃうの。


「さぁ、生き霊さん。手を貸しますよ?」


 あったかい氷河くんの手が、私の腕に触れた。この温もりを誰にも渡したくない。私だけの物にしたい。私だけの物に!


「うああああああああああッ!!」


 まるで、感情の制御が外れたような、そんな感覚に包まれた。何も抑えられない。何も我慢出来ない。溢れ出る黒い感情を、全て吐き出したくなった。

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