ジェットコースターの直後、お化け屋敷に連れ込もうとする生き霊さんに、俺は抗議の眼差しを送った。そんな俺の精一杯の抵抗を跳ね除けるように、生き霊さんはいつもの調子で返してくる。
「氷河くん、落ち着いて考えてくださいっ! あなたの前にいる私は、一体なんでしょうかっ?」
「え……? 生き霊、ですよね……?」
「そうですっ! 氷河くんはすでに、霊体である私と普通にお話出来ていますっ! なら、今さら作り物のお化けなんて、怖くないと思うんですよ♡」
(言われてみれば、生き霊さんの言う通りかもしれない……)
なんだか、騙されているような気持ちを半分抱きながら、俺は渋々お化け屋敷へと足を運んだ。屋敷の奥からは、女性客の悲鳴が響き渡っていた……。
「洋風のお化け屋敷なんて、なかなか珍しいですねぇ〜♡ ジャパニーズホラーよりも、パニック映画みたいな雰囲気の方が、まだ耐えられるんじゃないですか?」
「………………」
「あの……。氷河くん、聞いてます?」
生き霊さんの声が、遠くから聞こえる気がする……。だが、俺は今、お花畑を歩いているんだ。とても可愛らしい妖精さんたちが、俺を優しく手招きしている。奥には、大きなテーブルとたくさんの椅子が並べられていた。お茶やお菓子が用意されているみたいだ。
「また気を失っちゃったんですかっ!? ちょっと! まだ入ったばかりですよっ! 氷河くん、目を覚ましてくださいっ!」
「はっ!? 生き霊さん、すみません! あまりの恐怖に、一瞬で意識が刈り取られてしまいました……!」
生き霊さんの声で、俺はお花畑から帰還した。……どうやら、また気を失って、夢の世界を彷徨っていたみたいだ。建物内は薄暗く、廃墟を再現されたような作りになっていた。さらには血糊が飛び散っていて、猟奇的な恐ろしさまで演出されている。こんなにじっくり見ていると、また気を失いそうになってしまう。
「やれやれ、しょうがないですね〜。ほらっ、氷河くんっ!」
「え? 生き霊さん、なんですか、その手は?」
生き霊さんは、俺の一歩前へと歩み出すと、俺に向かって手を伸ばした。生き霊さんの、細くて透き通った美しい手を、まじまじと見てしまう。
「もうっ! 手を繋いであげようとしてるに決まってるじゃないですかっ!」
「えぇっ!? す、すみません! き、気が付かなくて! でも、いいんですかね……? 手なんか、繋いでしまって……」
木ノ瀬さんの言葉が、再びよぎる。『生き霊に恋をするのはやめた方が良い』……その言葉を真に受けている訳ではない。でも、俺なりにハッキリさせた方が良いとは思っていた。生瀬さんと生き霊さんは、別の存在として考えた方が良いのかもしれないと。
「今回だけは特別……。ということで、まぁ、いいんじゃないでしょうか〜? それに、氷河くんはこのままじゃ、いつまで経っても進めそうにないですし」
「わ、分かりました……。ありがとうございます……!」
生き霊さんが差し出してくれた手を、そっと繋いだ。何かに触れている感覚はあるが、人間の手の感触とはあまりにも違う。物凄く、冷たい……。
「氷河くんの手、あったかい……」
「え……?」
「い、いえっ! なんでも、ありませんっ……!」
生き霊さんの顔が、真っ赤に染まっていた。あんな女の子らしい反応を見るのは初めてで、思わずドキドキしてしまう。
(俺は、生瀬さん本人と付き合うために、ここにいるんだ。余計なことは、考えるな……)
複雑な心境を、なんとか整理する。生き霊さんも、俺と生瀬さんの未来のため、特訓に付き合ってくれているんだ。俺は、そのことだけを考えればいい。
「ひぃっ!? 本物のお化けだぁ〜!!」
俺たちを脅かそうと、お化けの扮装をした従業員が飛び出してきた。しかし、逆に、従業員の方が泣きながら逃げ出してしまった。一体、何に怯えているのか……。
「あらあら? せっかくお化けさんが出て来たと思ったのに、これは困りましたね〜……。どうしたのでしょうか〜?」
(原因は、あなたです……! 生き霊さん……!)
そうか。あの従業員には、生瀬さんの生き霊さんが見えていたんだ。極稀に、木ノ瀬さんのように霊感のある人がいる。その人たちは当然、生き霊さんを見るとああなってしまう。木ノ瀬さんがレアケースなだけなのだ……。
そんな生き霊さんの活躍もあり、俺はなんとか、お化け屋敷から生還することが出来た。手を繋いでから、何故か生き霊さんは静かになってしまった。
「あの……。生き霊さん、大丈夫ですか……?」
「す、すみませんっ。少し、時間をくださいっ……。すぅ、はぁ……。感情を、落ち着かせないと、力が暴走しそうで……」
「あっ……」
そうか。生き霊さんは、気持ちが昂ると怪現象を起こしてしまう。でも、こんなに苦しそうな姿は初めて見る。大丈夫だろうか……?
「ふぅ……。もう大丈夫ですっ……。次のアトラクションに、行きましょうか♡」
「は、はい……!」
その後も、俺たちは恐ろしいアトラクションの数々を巡った。何度も気絶して、何度も生き霊さんに助けてもらって、ひとつひとつ。俺は試練を乗り越えていった。
「あの……。氷河くん、大丈夫ですか……?」
「す、すみません……。少し、時間をください……。足腰が、限界を迎えていて……。でも、生き霊さんのお陰で、数々の乗り物を攻略することが出来ました……!」
「こ、攻略……ですか〜……」
何度も腰を抜かした影響で、俺の身体はもうガタガタだった。でも、こんなに遊園地を回れたのは生まれて初めてで、この上ない達成感を得られていた。
「あの生き霊さん……。それじゃ、そろそろ帰りますか……?」
「あらあら、まだ帰るのは早いですよっ? メインは最後まで残しておいたんですから♡」
「え……?」
「ほら♪ あれですよっ! あれっ!」
生き霊さんが、満面の笑みで指差した先。そこには、一際巨大な建造物の姿があった。夕日に照らされ、さらに圧倒的な存在感を放っていた。その大きさが、とてつもなく恐ろしかった。
「か、観覧車……ですか……?」
「やっぱり、観覧車も苦手なんですね〜……。あんなにロマンチックな乗り物なのに……」
「す、すみません……。観覧車というよりも、俺は高い所が苦手なんです……」
「まぁ、氷河くんの怖がりっぷりは、1日中堪能しましたからね〜。今さら、何が苦手でも、別に驚きませんけどもっ……!」
「うぅ……」
「さて、じゃあ、最後の乗り物を“攻略”するとしましょうか♡」
生き霊さんは、振り返ると観覧車へ向かって浮遊していった。その背中は、なんだか寂しそうに見えた。生き霊さんは、今日、楽しめたのだろうか……? その寂しげな背中を見つめながら、観覧車へと歩き出した。
◇
「彼女は、力を抑えている……。それならば、付け入る隙はある……」
氷河と涼子の生き霊の背後には、黒い影があった。生き霊の妨害を警戒しながら、ずっと様子を窺っていたのだ。
「フフフ……。北極氷河……。最高の恐怖を味わわせてやる……」