「そうっ! デートですっ! 行き先は遊園地! 氷河くんと私で、遊園地デートするんですよ♡」
「な、なんだか分かりませんが、俺はやっぱり、生瀬さん本人に気持ちを伝えたくて……。生き霊さんとデートするというのは、気が引けるというか……」
木ノ瀬さんに言われた言葉を思い出す。俺が好きなのは生き霊なのか、本人なのか。俺は生瀬さん本人に告白しようとしていた。当初の気持ちを曲げるのは、不誠実に思える。
「私だって、弱虫の氷河くんとデートするのは、不本意なんですよ?」
「ぐはッ……!!」
カウンターで大火傷を負ってしまった……。そうだった。生瀬さんはまだ俺のことを好きなのかもしれないが、生き霊さんの方には、怖がりなのがバレている。この反応は至極当然だ。
「ですが、その弱虫さえ克服してしまえば、晴れて私の本体と結ばれて、私も心の底からあなたのことを愛することが出来るのです♡」
「あ、あの、生き霊さん。そんな簡単に変われるのなら、俺は今までこんなに苦労して来なかったんですよ……?」
「よく考えてみてください。遊園地と言えば、何がありますか〜?」
「え……? えっと、ジェットコースター、お化け屋敷、観覧車、フリーフォール……。ま、まさか……」
俺はとりあえず、思い付いたアトラクションを羅列した。怖い乗り物。怖い屋敷。高い乗り物。高くて怖い乗り物。自分で言っていて、冷や汗が止まらなくなった。
「ほらほら♡ 全部、氷河くんの苦手な“怖い物”じゃないですか〜? さらに、デートの相手は氷河くんの苦手な霊体のこの私……。これは、否が応でも、デートを終える頃には、氷河くんも少しは成長しているんじゃないでしょうかねぇ〜?」
(た、大変なことになってしまった……)
そんなこんなで日曜日になり、俺は遊園地に行くことになってしまった。当然、自腹で。幸いなのは、生き霊さんの方は霊体なので、1人分の料金で入れるということか……。
「わぁっ……! ほら、氷河くん! 遊園地ですよっ! ほらほらっ!」
「遊園地に来たんですから、そりゃそうですよ……」
「もーっ! ノリが悪いですねっ! もうちょっと楽しそうにしてくれても、いいじゃないですかっ!?」
「だって、ここに来た理由が理由なので……。そりゃテンションも下がりますよ……」
「まったく! そんなだから、あなたはヘタレで弱虫なんですよっ!?」
(ぐうの音も出ない……)
「生瀬涼子が好きなんでしょっ!? 付き合って、イチャイチャしたいんでしょっ!?」
「う……! は、はい……」
「あの子はもう、あなたに惚れているんですから、もう少し頑張りましょう? ね?」
「わ、分かりました……!」
怖がりなのがバレて以降、生き霊さんが以前よりも容赦がない気がする……。しかし、それも、俺と生瀬さんの未来を想ってこそなのかもしれない。ズバズバと指摘されてはいるが、彼女の優しさはしっかりと感じられた。
「ではっ! まずは、あれに乗りましょうっ!」
「ジェッッッ……!?」
どこまでも伸びる長いレール。風が唸る物凄い音が、地上にいても聞こえてくる。ジェットコースター……あんな恐ろしい物に俺が乗るなんて、想像するだけで失禁しそうになる……。
「心配しないでください。私も一緒に乗りますからっ! 怖かったら、私の方を見ていれば大丈夫ですよ♡」
「そ、そう、ですね……」
もし、生瀬さんと付き合えたとしても、遊園地でデートが出来ないなんて、きっとガッカリするだろう。そのためにも、俺はなんとしても恐怖を克服しなければならない。
覚悟を決めて、俺と生き霊さんはジェットコースターの列に並んだ。待ち時間がとてつもなく怖い。こんなに列が進んで欲しくない行列は初めてだった。しかし、無情にも、すんなりと俺の番は来てしまった。
「うおわああああああッ!!」
「凄い凄い♪ なかなか迫力ありますね!」
腹を掻き回されるような、理不尽な感覚に飲み込まれる。怖さと気持ち悪さが何度も繰り返される苦しみが、まるで拷問を受けているような感覚になる。なんでわざわざお金を払って、長い時間並んで、こんな思いをしなければならないんだ!?
(だ、駄目だ! 怖すぎる! 意識を保って、いられない……!)
「えぇっ!? ちょっと氷河くん!? しっかりしてください!! 氷河くーんっ!!」
生き霊さんの声が遠のき、俺の視界は一気に黒くなった。次の瞬間、俺は大きなブランコに乗っていた。降りたくても降りられない。だけどブランコは揺れ動き続ける。そんな悪夢を。
「氷河くん、大丈夫ですか……? やっぱり、いきなりジェットコースターはちょっとハードすぎましたかね……?」
気絶から目が覚め、俺はなんとか生還することが出来た。生き霊さんは心配そうに俺のことを見つめている。だが、俺は嬉しくて飛び跳ねたい気持ちだった。
「いえ、生き霊さん……。俺は今、喜びに打ち震えています……!」
「え……? よ、喜び……!?」
「何故なら、初めてジェットコースターに乗れたからです……!」
胸を張って、自分の成し遂げた偉業を噛み締めた。子供の頃、家族で出掛けた時も、俺は頑なにジェットコースターだけは拒否した。遊園地でもっとも恐れていた化け物を、俺はついに克服することが出来た。これほど嬉しいことはない……!
「は、初めてだったんですねっ! ごめんなさいっ! そうとは知らず、私、無茶なことを言ってしまって………」
「いえ、生き霊さんのお陰です……! これでジェットコースター、クリアですね……!」
「あ、あの〜。ほとんど気を失っていたのですが、これって、クリアと言って良いのでしょうか〜?」
「えっ!? だ、駄目ですか……!?」
「ま、まぁ。氷河くんが良いなら、良しとしましょう♪」
なんだか、生き霊さんの反応を見ると、おまけでクリアになったような気がするが……。乗れたことは確かなんだ。これで、少しは自信がついたぞ!
「じゃあ、さっそくですが、次のアトラクションに行きましょうか♡」
「お化ッッッッ……!?」
生き霊さんが清々しい笑顔で指差した物。それは、レンガ造り風の装飾を施されたおどろおどろしい建物だった。大きな看板には、仮面を被り、血の付いた刃物を持った怪人がデカデカと、恐ろしく描かれていた……。
「あの、生き霊さんは、手加減という言葉を知らないんですか……?」
容赦なく、俺がもっとも行きたくない場所へと笑顔で案内し続ける。そんな生き霊さんが、どんなアトラクションよりも恐ろしくなってきた。