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第4話 当たって砕ける

 生瀬さんの生き霊さんとの邂逅から一夜明け、俺は両手で頬を叩いて気合を入れた。朝からやる気に満ち溢れているなんて、いつぶりだろうか。


「今日、俺は決める……! 生瀬さんに告白するんだ……!」


 生き霊さんの話を信じるなら、生瀬さんは無意識に生き霊を飛ばすほど、俺のことが好きらしい。正直、昨日のことは夢だったんじゃないかと思ってしまう。でも、夢なら夢で別に良い。こんなきっかけでもなければ、俺は永遠に告白することなど出来ないのだから。


「よしっ! 行こう!」


 学校へと歩を進める。いつもの俺とは違う。今日の俺は希望に満ちている。荒んだ生活で灰色だった通学路の景色は、鮮やかな彩りを取り戻していた。空って、こんなに青かったんだな。


 暖かな日差しを浴びて、身体に元気を注入する。万全の状態で告白に臨まなければならない。そうだ。不良と遭遇する前に、学校に着いたら真っ先に告白しよう。


「生瀬さん……どこだ……」


 校門をくぐるや否や、速攻で生瀬さんの姿を探す。生瀬さんはいつも、友達の矢田玲奈さんと一緒に登校している。なんとか、ふたりきりになれるチャンスは無いか……。


「ふわぁ〜……」


「大丈夫、玲奈……? なんだか疲れてそうだけど……」


「うん〜……。なんか、寝たのに寝た気がしなくてさ〜……」


 生瀬さんの声が聞こえ、全身に緊張が走った。想定通り、生瀬さんは矢田さんと一緒に登校していた。どうする? 矢田さんは俺のことを非常に嫌っている。生瀬さんが彼女と行動している限り、告白なんて絶対に無理だぞ……。


「まだホームルームまで時間あるよね〜? ちょっと、保健室でひと眠りして来ようかなぁ……」


「うん……。無理しない方が良いよ……!」


 矢田さんは眠そうに目をこすりながら、保健室へ向かって歩いていく。生瀬さんも付き添うかと思いきや、矢田さんひとりで行くようだった。おいおい、なんだこれは。告白する絶好のチャンスだぞ。


「完全に、流れが俺に向いている……!」


 女の子に告白するなんて、初めての経験だ。当然、物凄く怖い。だが、俺は、常に当たって砕けるつもりで生きていた。砕けないことが分かっているなら、尚更、怖がる必要なんてないじゃないか。生瀬さんは優しい人だ。大丈夫。突き進め、北極氷河!


「生瀬さん!」


「え……! ほ、北極くん……?」


 金縛りに遭ったかのように、身体が重い。生瀬さんにまともに話し掛けたことなんて、今まで無いのだから当然だ。緊張で、口の中が砂漠のように干からびていた。


「突然、どうしたの……?」


 生瀬さんが、不安そうな瞳で見つめてくる。マズイ。早く告白しないと、生瀬さんが不良に絡まれていると勘違いされ、教師が駆け付けて来るかもしれない。モタモタするな! 早く、言ってしまえ!


「俺、生瀬さんのことが……前から、ずっと……す、好……!」


 まるで漫画の登場人物のように、“す”の続きが言えない。まさか、自分がこんなベタな展開に陥るとは……! ええい、言え! 相手も好きなんだから、何も問題ないじゃないか! 頼む! 言ってくれ、俺の口!


「あ、あの……! 私、用事があるから……!」


「え?」


 地面を蹴る音が遠ざかっていく。生瀬さんの背中がどんどん小さくなっているのが見える。……おかしいな。あれじゃまるで、逃げられているみたいじゃないか。


「えええええええっ!? なんで!? 生瀬さんは、俺のことが好きなはずじゃ!?」


 やっぱり、昨日のことは全部夢だったんだ。俺はなんて馬鹿な奴なんだ。夢を真に受けて、それを現実と混同してしまった。そして見事に、俺の恋は儚く散ってしまった。もう、夢も希望ありはしない……。


「あ〜……。やっぱり、駄目でしたね~……」


「えっ……!?」


 今立ち去ったばかりの、生瀬さんの声が背後から聞こえた。そんな馬鹿な。一瞬で背後に回られた!? いや、今の“話し方”、聞き覚えがある。……まさか。


「生瀬さんの生き霊さん……!」


 昨日のことは夢じゃなかった。俺の後ろには、ピンクに発光する生瀬さんの霊体が、フワフワと空中に浮遊していた。周りの人間は誰もリアクションしていない。生き霊さんのことは、俺にしか見えていないのか……。いや、そんなことよりも、生き霊さんには聞きたいことがある!


「あの、駄目って……。さっきのは、どういうことですか!? 生瀬さん、昨日は俺のこと好きだって言ってたじゃないですか!」


「そうなんですけど……。私の本体は、とっても恥ずかしがり屋さんで、全然、素直になれないんですよ〜」


「す、素直になれない!? そんな理由で、逃げられたんですか!?」


「はい……。私も、自分でビックリしてます。友達の玲奈にも、本当の気持ちをいつも隠して、オドオドと接しているんですよ〜?」


 そ、そうだったのか……。確かに、生瀬さんの意識そのものの生き霊さんは、物凄くフランクに接してくれている。だが、生瀬さんの本体さんは、いつもどこか、ぎこちない話し方をしている。あれは、素の自分を封印しているということなのか。


「そ、それで、俺はどうすればいいんですか? 直接話しをしようにも、あんな風に逃げられては、告白なんて出来る訳がないですよ?」


「えっと……。まぁ……。頑張ってください♡」


「そんな他人事のように!!」


 本人の問題だというのに、生瀬さんの生き霊さんは責任放棄して、にっこりと微笑んでいる……。こっちはこっちで、素直にも程があるぞ

……!


「まぁまぁ。悩みならいくらでも聞いてあげますから、焦らずゆっくり行きましょうよ〜♡」


(当の本人は話を聞いてくれず、生き霊さんは無責任なことを飄々と言い放っている……。とても、同一人物とは思えない……)


 そんなこんなで、俺の奇妙な恋は幕を開けた。生き霊さんのことは、生瀬さん本人にも見えていないようだった。それを良いことに、生き霊さんは休み時間はおろか、授業中にまで俺に付き纏っていた。


「つ、疲れた……」


 1日が終わった頃には、俺は、生き霊さんに憑かれて疲れ果てていた……。


「氷河くん、今日はとっても楽しかったですっ! また一緒に遊びましょうね♡」


「は、はい……」


 生き霊さんに懐かれているのは、嬉しいことは嬉しい。だが、この人はあくまで生き霊で、本人ではないんだ。こんな状況、恋人関係とは言えるはずもない。それに、生き霊さんは気が昂ると怪現象を起こしてしまう。いつか必ず、俺はボロを出すことになるだろう……。


(生瀬さんは、ワイルドでたくましいと勘違いしているから、俺のことが好きなんだ。極度の怖がりだと知れたら、確実に嫌われる……。その前に、一刻も早く、本人に告白しないと駄目だ……)

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